判例

S24.07.12 第三小法廷・判決 昭和24(れ)933 強姦致傷、不法監禁(第3巻8号1237頁)

判示事項:

一 強姦に際し婦女に傷害の結果を與えた行爲の擬律

二 強姦の共謀者中傷害の結果について認識を缺く者と強姦致傷罪の成立

三 二人以上共謀して暴行傷害を爲した場合と刑法第二〇七條の適用の有無

四 強姦致傷の被害者が告訴を取下げた場合と公訴棄却の裁判の有無

五 共犯者が順次同一人を強姦した所爲は單純一罪でなく連續犯であるとする上告理由の適否

六 不法監禁罪と強姦致傷罪とを併合罪として處罰した判決と牽連犯の成否

七 刑法第一七七條の法意

八 沒収の言渡をしながら法條を適用しない判決の違法

九 数名共謀による強姦致傷罪と共犯者の一人の犯行の中止

一0 審判の公開を禁止した旨の記載を缺く公判調書と審判公開の有無

要旨:

一 強姦に際し婦女に傷害の結果を與えれば姦淫が未遂であつても強姦致傷罪の既遂となり、強姦致傷罪の未遂という觀念を容れることはできない。

二 被告人等は同女を強姦しようと共謀して判示犯行をとげたのであり、そして強姦致傷罪は結果的加重犯であつて、暴行脅迫により姦淫をする意志があれば、傷害を與えることについて認識がなくとも同罪は成立するのであるから共謀者全員が強姦致死罪の共同正犯として責を負わなければならない。

三 所論刑法第二〇七條は數人が共謀することなくして暴行をなし人を傷害した場合に關する規定であつて二人以上共謀して暴行をなし人を傷害した場合に適用はない、從つて被告人等が共謀して強姦をなし且つ傷害を與えた本件に同條の適用のないことは明白である。

四 被告人等の行爲が強姦致傷罪を構成する場合にはたとい被害者が告訴を取下げたとしても所論親告罪でない本件において公訴を棄却すべき理由はない。

五 被告人等は原審相被告人等と共謀して同一機會に杉山江美子を順次に強姦したのであるから、(眞野兼二を除く)被告人等は自分の姦淫行為の外他の被告人等の姦淫行為についても共同正犯として責を負わなければならない。かような場合は一人で數回姦淫した場合と同様、連續犯となるという考え方もあると思はれるが數人が同一の機會に同一人を姦淫したのであつても全體を單一犯罪と見られないことはない。所論のように本件は連續犯と見るべきものであるとしても結局一罪として處罰されることになるのであるから、原判決が單一罪として處罰したのと同一結果となるわけであつて原判決に影響を及ぼさないから、破毀の理由とならない。

六 不法監禁罪と強姦致傷罪とは、たまたま手段結果の關刑にあるが、通常の場合においては、不法監禁罪は通常強姦罪の手段であるとはいえないから、被告人等の犯した不法監禁罪と強姦致傷罪は、牽連犯ではない。從つて右二罪を併合罪として處斷した原判決は、法令の適用を誤つたものではない。

七 論旨は刑法第一七七條の法意は一三歳以上の婦女を強姦した場合は、強姦の爲め處女膜裂傷の結果を生じても之れを放任行為となし、強姦罪が成立するだけであつて強姦致傷罪は成立しないという趣旨であると主張する。しかし強姦に際して婦女の身體の如何なる部分に傷害を與えても強姦致傷罪は成立するのである。

八 原判決は七首二振を沒収する旨言渡しながら、法律適用の部では沒収に關する法條を適用していないから、理由不備の違法があり、破毀をまぬがれない。

九 甲が他の数名の者と同一帰女を強姦しようと共謀し、右数名の者が同女を強いて姦淫し、因つて同女に傷害の結果を与えたときは、甲が自己の意思により姦淫することを中止したとしても、甲は他の共犯者と同様強姦致傷罪の共同正犯の責を負い、中止未遂とはならない。

一0 公判調書に公開を禁止した旨の記載がないから原審公判は公開されたものと認めなければならない。(昭和二三年(れ)第一〇七號、同年六月三日大法廷判決參照)

主    文

     原判決を破毀する。
     被告人A同Bを各懲役四年に処する。
     被告人両名に対し不法監禁、強姦致傷被告事件の第一審における未決勾留日数中各一五〇日をそれぞれ右本刑に算入する。押収の匕首二振(昭和二二年押第一四〇三号の一、五)はいずれもこれを没収する。不法監禁、強姦致傷被告事件における訴訟費用は全部被告人両名及原審相被告人C、同D同Eの連帯負担とす。
         

理    由

 弁護人橋本順同布施辰治の上告趣意は末尾に添附した別紙書面記載の通りである。
 弁護人橋本順上告趣意第一点及び弁護人布施辰治上告趣旨第二点、同第四点について。
 論旨は多岐にわたるから、便宜上区分して説明する。
 (一)強姦に際し婦女に傷害の結果を与えれば、姦淫が未遂であつても強姦致傷罪の既遂となり、強姦致傷罪の未遂という観念を容れることはできない。原判決の認定した事実によれば、被告人等はFを強姦することを共謀して同女を強姦し、且つ強姦をなすに際して同女に傷害を与えたというのであるから、共謀者全員強姦致傷罪の共同正犯として責を負わなければならない。原審相被告人Eは、同女を姦淫しようとしたが同女が哀願するので姦淫を中止したのである。しかし他の共犯者と同女を強姦することを共謀し、他の共犯者が強姦をなし且つ強姦に際して同女に傷害の結果を与えた以上、他の共犯者と同様共同正犯の責をまぬかれることはできないから中止未遂の問題のおきるわけはない。従つて所論未遂に関する論旨は採用できない。
 (二)次にFの負傷は、被告人等の内誰の行為によつて生じたものか不明であるが、仮りに被告人等の内の一人の行為によつて生じたものとしても、被告人等は同女を強姦しようと共謀して判示犯行をとげたのであり、そして強姦致傷罪は結果的加重犯であつて、暴行脅迫により姦淫をする意志があれば、傷害を与えることについて認識がなくとも同罪は成立するのであるから共謀者全員が強姦致傷罪の共同正犯として責を負わなければならないこは前に説明したとおりである。所論刑法第二〇七条は数人が共謀することなくして暴行をなし人を傷害した場合に関する規定であつて二人以上共謀して暴行をなし人を傷害した場合に適用はない。従つて被告人等が共謀して強姦をなし且つ傷害を与えた本件に同条の適用のないことは明白であるから、此点に関する論旨は理由がない。
 (三)Fが被告人等に強姦され、且つ傷害を与えられた事実は原判決挙示の証拠によつて明らかであり、被告人等の行為は強姦致傷罪を構成すること論をまたざるところである。従つてたとい被害者Fが告訴を取下げたとしても所謂親告罪でない本件において公訴を棄却すべき理由はないから此点の論旨も理由がない。
 (四)原審の認定した事実によれば被告人等は原審相被告人等と共謀して同一機会にFを順次に強姦したのであるから、(Eを除く)被告人等は自分の姦淫行為の外他の被告人等の姦淫行為についても共同正犯として責を負わなければならない。かような場合は一人で数回姦淫した場合と同様、連続犯となるという考方もあると思われるが、数人が同一の機会に同一人を姦淫したのであつても全体を単一犯罪と見られないことはない。所論のように本体は連続犯と見るべきものであるとしても結局一罪として処罰されることになるのであるから、原判決が単一罪として処罰したのと同一結果となるわけであつて原判決に影響を及ぼさないから、破棄の理由とならない。論旨は採用しがたい。
 弁護人橋本順上告趣意第二点について。
 しかし刑訴応急措置法第一二条第一項本文は、証人其他の者(被告人を除く)の供述を録取した書類又は之れに代わるべき書類は、被告人の請求があるときは其供述者又は作成者を公判期日に訊問する機会を被告人に与えなければこれを証拠とすることができないと規定しているので、其反面解釈上被告人の請求がなければ、裁判所は右書類を其まま証拠となし得るものであつて、所論のような制限は存在しない。なお裁判所が証人の公判廷における供述と証人に対する検事聴取書中の供述の内、何れを証拠となすべきかは事実審である原審の自由に決し得るところであるから、原審において所論検事聴取書を証拠としたことは何等法則に違背するところはない。論旨は理由がない。第三点について。
 原審公判調書記録第五七二丁及び第五七三丁裏を見れば裁判長が被告人Bは第一審でかように申述べているがといつて読聞かせた記録の部分としての丁数につき所論摘録の如き丁数が掲げられていることは所論の通りである、しかし右丁数の記載(二七七丁裏以下二七九丁表二行迄及び二七九丁表三行以下四八〇丁表初行迄)は「四七七丁裏一一行以下第四七九丁表二行迄及び第四七九丁表三行以下第四八〇丁裏初行迄」の誤記であることは所論の丁数の個所には所論裁判長が読聞けた事柄の記載はなく、かえつて、「四七七丁裏一一行以下四七九丁表二行迄及び四七九丁表三行以下四八〇丁裏初行迄」の間に記載されている点に鑑み明らかであるから論旨は理由がない。同第四点について。
 第四点は被告人Dに対する窃盗事件について現行犯人でない者を現行犯人として強制手続をしたことを攻撃するのであるが被告人Dは上告を取下げた者であるから論旨に対する説明をしないことにする。弁護人布施辰治上告趣意第一点について。
 しかし刑法第五四条に所謂犯罪の手段とは、或犯罪の性質上其手段として普通に用いられる行為をいうのであり、「又犯罪の結果とは或犯罪より生ずる当然の結果を指すと解すべきものであるから、牽連犯たるには或犯罪と、手段若くは結果たる犯罪との旨に密接な因果関係のある場合でなければならない、従つて犯人が現実に犯した二罪がたまたま手段結果の関係にあるだけでは牽連犯とはいい得ない。そして本件の不法監禁罪と、強姦致傷罪とは、たまたま手段結果の関係にあるが、通常の場合においては、不法監禁罪は通常強姦罪の手段であるとはいえないから、被告人等の犯した不法監禁罪と強姦致傷罪は、牽連犯ではない、従つて右二罪を併合罪として処断した原判決は、法令の適用を誤つたものではない。論旨は理由がない。同第三点について。
 所論の如く原判決は匕首二振を没収する旨言渡しながら、法律適用の部では没収に関する法条を適用していないから、理由不備の違法があり。破棄をまぬかれない。本論旨は理由がある。同第五点について。
 しかし原判決は、挙示の証拠によつて判示事実を認定したものであり、其認定については何等法則に違背した点はない。そして被告人等の行為は、単純な強姦罪ではなくて強姦致傷罪と認定したのであるから、被害者から告訴を取下げたとしても公訴を棄却すべき理由はない。論旨は結局原審の事実誤認を主張することに帰るから、上告適法の理由とならない。同第六点について。
 論旨は刑法第一七七条の法意は十三歳以上の婦女を強姦した場合は、強姦の為め処女膜裂傷の結果を生じても之れを放任行為となし、強姦罪が成立するだけであつて強姦致傷罪は成立しないという趣旨であると主張する。しかし強姦に際して婦女の身体の如何なる部分に傷害を与えても強姦致傷罪は成立するのである。論旨は独自の見解であつて採用しがたい。同第七点について。
 記録を調査するに(一)公判調書に公開を禁止した旨の記載がないから原審公判は公開されたものと認めなければならない(昭和二三年(れ)第一〇七号同年六月三日最高裁判所大法廷判決参照)そして被告人及弁護人の立会に関しても何等違法はない。(二)原判決挙示の証拠は、何れも公判廷において適法な証拠調をしている。(三)公判廷において証拠書類又は証拠物等の証拠調をした旨を公判調書に記載するには、書類又は証拠物の名称を列記しただけでも違法とはいえない。(四)布施弁護人の申請した所論鑑定申請については、昭和二三年七月七日第二回公判期日において裁判所は採否の決定を留保したが、同年一二月二〇日の第三回公判期日に之れを却下する旨決定をしている。以上説明したとおりであるから本点の論旨は理由がない。同第八点について。
 旧刑事訴訟法第六〇条によれば、公判調書には弁論の要旨を記載すればよいことになつているから、鑑定申請のあつた場合は、単に鑑定申請のあつた旨を記載すれば足り、如何なる鑑定の申請をしたかを詳細に記載しなくとも違法とはいえない。本件では所論鑑定申請のあつた後に弁論の更新はあつたが、裁判長と陪席判事の一人は終始公判に関与していたことは記録上明らかであるから所論鑑定申請の趣旨はよくわかつていたと認められる。論旨は理由がない。
 弁護人布施辰治の上告趣意第三点の論旨理由があることは前記のとおりであるから刑訴施行法第二条旧刑訴第四四七条第四四八条によつて原判決を破毀し更に次のとおり判決する。
 原判決の確定した事実を法律に照らすと、被告人等の所為のうち不法監禁の点は各刑法第二二〇条第一項第六〇条に、強姦致傷の点は各同法第一八一条第一七七条前条第六〇条にあたるので強姦致傷罪については、その定める刑のうち何れも有期懲役刑を選択し以上二罪は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文第一〇条により重い強姦致傷罪の刑に同法第四七条但書の制限内で併合罪の加重をした刑期の範囲内で被告人両名を各懲役四年に処し、同法第二一条に従い、不法監禁、強姦致傷被告事件の第一審における未決勾留日数中各一五〇日をそれぞれ右本刑に算入し、押収に係る匕首二振(昭和二二年押第一四〇三号の一、五)はいずれも本件不法監禁罪の行為に供したもので犯人以外の者に属しないから、同法第一九条第一項第二号第二項によりこれを没収し、不法監禁、強姦致傷被告事件の訴訟費用は刑訴施行法第二条、旧刑訴法第二三七号第一項第二三八条によつて全部被告人両名及原審相被告人C、同D、同Eをして連帯して負担させる。仍つて、主文のとおり判決する。
 以上は裁判官全員一致の意見である。
 検察官 長谷川瀏関与
  昭和二四年七月一二日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    井   上       登
            裁判官    島           保
            裁判官    河   村   又   介