判例

S24.10.04 第三小法廷・判決 昭和23(オ)119 所有權移轉登記手續請求(第3巻10号437頁)

判示事項:

手附契約の解釈。

要旨:

売買契約書に「買主本契約ヲ不履行ノ時ハ手附金ハ売主ニ於テ没収シ、返却ノ義務ナキモノトス。売主不履行ノ時ハ買主ヘ既収手附金ヲ返還スルト同時ニ手附金ト同額ヲ違約金トシテ別ニ賠償シ以テ各損害補償ニ供スルモノトス。」という条項があることだけでは、民法第五五七条の適用を排除する意思表示があつたものということはできない。

主    文

     原判決を破毀し本件を大阪高等裁判所に差戻す。
         

理    由

 上告理由は末尾添附別紙記載の通りである。
 よつて案ずるに売買において買主が売主に手附を交付したときは売主は手附の倍額を償還して契約の解除を為し得ること民法第五五七条の明定する処である。固より此規定は任意規定であるから、當事者が反対の合意をした時は其適用のないこというを待たない。しかし、其適用が排除される為めには反対の意思表示が無ければならない。原審は本件甲第一号証の第九条が其反対の意思であると見たものの様でめる。固より意思表示は必しも明示たるを要しない。黙示的のものでも差支ないから右九条が前記民法の規定と相容れないものであるならばこれを以て右規定の適用を排除する意思表示と見ることが出来るであらう。しかし右第九条の趣旨と民法の規定とは相容れないものではなく十分両立し得るものだから同条はたとえ其文字通りの合意が眞実あつたものとしてもこれを以て民法の規定に対する反対の意思表示と見ることは出来ない。違約の場合手附の没収又は倍返しをするという約束は民法の規定による解除の留保を少しも妨げるものではない。解除権留保と併せて違約の場合の損害賠償額の予定を為し其額を手附の額によるものと定めることは少しも差支なく、十分考へ得べき処である。其故右九条の様な契約条項がある丈けでは(特に手附は右約旨の為めのみに授受されたるものであることが表われない限り)民法の規定に対する反対の意思表示とはならない。されば原審が前記第九条によつて直ちに民法五五七条の適用が排除されたものとしたことは首肯出来ない。(しかのみならず被上告人自身原審において右第九条は坊間普通に販売されて居る売買契約用例の不動文字であつて本件契約締結當時當事者双方原審の認定したる様な趣旨のものと解して居たのではなくむしろ普通の手附倍返しによる解除権留保の規定の様に解して居るものと見られる様な趣旨の供述をして居ること論旨に摘示してある通りであり其他論旨に指摘する各資料によつても當事者が右第九条を以て民法第五五七条の規定を排除する意思表示としたものと見るのは相當無理の様にも思われる)なお原審は本件売買の動機を云々して居るけれどもそれが民法規定の適用排除の意思表示とならないのは勿論必しも原審認定の一資料たり得るものでもないとは論旨の詳細に論じて居る通りである(殊に被上告人が本件売買締結の以前から同じく京都内にある他の家屋買入の交渉をして居り遂にこれを買取つて居る事実並に本件家屋には當時賃借人が居住して居た事実被上告人子女の轉校が必ずしも本件売買成立の為めであると見るベべきでないこと等に関する所論は注目すべきものである)。 要するに原審の挙示した資料では前記民法規定の適用排除の意思表示があつたものとすることは出来ないのであつて此点において論旨は理由があり原判決は破毀を免れないよつて上告を理由ありとし民事訴訟法第四〇七条に従つて主文の如く判決する。
 以上は當小法廷裁判官全員一致の意見である。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    井   上       登
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    穂   積   重   遠