判例

S29.04.02 第二小法廷・判決 昭和26(オ)744 詐害行為取消請求(第8巻4号745頁)

判示事項:

一 取立委任をしていた債権を譲渡した場合の詐害行為取消請求の範囲。

二 詐害行為取消の場合の利得返還の限度。

要旨:

一 債務弁済の手段として、始め債権の取立を委任し、その後その債権を譲渡した場合、債権譲渡のみを切り離して詐害行為として取消すことができる。

二 債権譲渡が詐害行為として取り消された場合、受益者が、その債権を行使して得た弁済金はすべて返還することを要し、そのうちから取立費用を差引くことは許されない。

主    文

     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         

理    由

 上告理由、第二点、第三点について。
 原判決の確定するところによれば、上告銀行が、極東産業株式会社(以下極東産業と略称する)に判示貸金をした際、極東産業は、その特別調達庁に対して有する判示代金債権につき上告銀行に取立を委任し、上告銀行は、これが取立により、その貸金債権の弁済を受けることに諒解が成立していたというのであつて、右貸金と代金債権の取立委任と、さらに、本件債権譲渡との間には、事実上の牽連関係があり右債権の譲渡も、代金債権の取立委任と同じく、貸金債務の弁済の手段としてなされたものであることは、明らかである、けれども、右債権譲渡は元来極東産業の上告銀行に対して履行すべき義務に属するものでないことは、原判示によつて明瞭であり、もとより、これを以て、直ちに、貸金債務の弁済と同視すべきものではなく、しかもこれによつて、債務者の一般財産の減少を来たすことは勿論である。その債権取立の上は、貸金債務の弁済に充てる諒解ができていたということだけでは、本件債権譲渡行為を以て、債権者を詐害するものでないとの事由とはならないのである。従つて、原判決が、右債権譲渡の行為を、それ以前の行為と切離して、これを詐害行為にあたるものとしたことを以て、所論のように違法であるとすることは、できない。又この債権譲渡行為自体は、既存の義務の履行でないこと前叙のとおりであるから論旨第三点摘示の大審院判例と背反するところもないのである。
 論旨第四点、第五点について。
 原判決の確定するところによれば、極東産業は、本件代金債権を上告銀行に譲渡し、上告銀行は右譲受債権を行使し、その弁済を得たときは、その弁済金を以て、上告銀行の極東産業に対する貸金債権の弁済に充てる約旨であるというのであつて、右債権譲渡が相当の対価を得てなされたこと、又は、右債権の譲渡により、その対当額において貸金債務が消滅するというがごとき関係は原判決の認定しないところであるから、相当対価を以てする債権譲渡の場合に関する所論大審院判例並びに一部債権者に対する弁済の場合に関する所論大審院判例は本件に適切でないこと明らかである。(従つて、所論通謀害意の存在は、これを認定する必要はないのである)。
 同第七点について。
 本件債権譲渡が詐害行為として取消された以上、上告人がその債権を行使して得た弁済金にして自己のために利得したものはすべて、これを返還することを要するは勿論であつて、上告人において、所論のように債務者に対し取立費用等の立替金債権を有するとしても、右利得金から優先的に弁済を受けることを許すべきではない。論旨は理由がない。
 その余の論旨は、いずれも「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    谷   村   唯 一 郎