判例

S51.03.23 第一小法廷・決定 昭和46(あ)758 名誉毀損(第30巻2号229頁)(丸正名誉毀損事件)

判示事項:

一 名誉毀損の摘示事実につき真実と誤信する相当の根拠がないとされた事例

二 弁護士が被告人の利益擁護のためにした行為と刑法上の違法性の阻却

三 弁護人が被告人の利益擁護のためにした名誉毀損行為につき正当な弁護活動として刑法上の違法性が阻却されないとされた事例

要旨:

一 被告人以外の特定人が真犯人である旨の名誉毀損の摘示事実(判文参照)については、本件に現われた資料に照らすと、真実と誤信するのが相当であると認めうる程度の根拠は、存在しない。

二 弁護人が被告人の利益を擁護するためにした行為につき刑法上の違法性の阻却を認めるためには、それが弁護活動のために行われたものであるだけでは足りず、行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮して、法秩序全体の見地から許容されるべきものと認められなければならないのであり、かつ、その判断にあたつては、その行為が法令上の根拠をもつ職務活動であるかどうか、弁護目的の達成との間にどのような関連性をもつか、弁護を受ける被告人自身がこれを行つた場合に刑法上の違法性の阻却を認めるべきどうかの諸点を考慮に入れるのが相当である。

三 被告人以外の特定人が真犯人であることを広く社会に報道して、世論を喚起し、被告人を無罪とするための証拠の収集につき協力を求め、かつ、最高裁判所の職権発動による原判決の破棄ないしは再審請求の途をひらくため、右の特定人が真犯人である旨の事実摘示をした名誉毀損行為(判文参照)は、弁護人の相当な弁護活動として刑法上の違法性を阻却されるものではない。

主    文

     本件上告を棄却する。

理    由

 (上告趣意に対する判断)
 弁護人森長英三郎ほか二二名連名の上告趣意について
 所論のうち、高裁判例の違反をいう点は、所論引用の判例は当審判例(昭和三四年五月七日第一小法廷判決・刑集一三巻五号六四一頁)により変更されており、当審判例の違反をいう点は、その実質は事実誤認、単なる法令違反の主張であり、原判決が確定判決の認定と異なる事実を認定することは許されない旨を判示したと主張して憲法二一条、三一条違反をいう点は、原判決は所論のような判示をしているものとは解されず、その他の事項につき憲法二一条、三一条違反をいう点及び憲法三七条三項違反をいう点は、いずれも原審において主張、判断されていない事項についての主張であり、その余の点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、すべて適法な上告理由にあたらない。
 弁護人高木右門の上告趣意について
 所論は、判例違反をいうが、所論引用の判例は刑法二三〇条の二第一項にいう真実の意義について判示したものではなく、また、実質は事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
 弁護人儀同保ほか三名連名の上告趣意について
 所論は、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
 弁護人岡村勲の上告趣意について
 所論は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
 弁護人後藤昌次郎の上告趣意について
 所論のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は本件とは事案を異にし適切でなく、憲法三二条、七六条三項違反をいう点は、実質は単なる法令違反の主張であつて、すべて適法な上告理由にあたらない。
 弁護人内田剛弘の上告趣意について
 所論は、単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。
 弁護人蓬田武の上告趣意について
 所論のうち、判例違反をいう点は、その実質は事実誤認の主張であり、憲法三一条違反をいう点は、原判決は所論のような判示をしているものとは解されず、その余の点は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、すべて適法な上告理由にあたらない。
 被告人本人の上告趣意について
 所論のうち、判例違反をいう点は、その実質は事実誤認の主張であり、その余の点は、単なる法令違反の主張であつて、すべて適法な上告理由にあたらない。
 (職権による判断)
 職権により、弁護人ら及び被告人本人が特に重点を置いている主張、すなわち、(イ)被告人の摘示した事実が真実であることの立証がされており、又は被告人がその事実を真実であると信じたことにつき確実な資料、根拠に照らし相当の理由があるから、名誉毀損罪は成立しない、(ロ)本件行為は、被告人が、A及びBの弁護人として、その利益を擁護するためにした正当な弁護活動であるから、刑法三五条により罪とならない、という主張につき、当裁判所は、次のとおり判断を示すこととする。
 一 まず、原判決が是認する第一審判決の認定によると、被告人及び相被告人であつたCが同判決判示の事実を公表するに至つた経過は、以下のとおりである。
 被告人らはいずれも弁護士であるところ、被告人Bは、東京高等裁判所に係属したAらに対する強盗殺人被告事件(いわゆるD事件)の控訴審の弁護を担当し、その審理においてAら両名の冤罪を主張して第一審判決の破棄を求めたが、昭和三三年一二月九日控訴が棄却されたので、Aらとともに上告して引き続き弁護を担当することになつた。そして、弁護を担当した当初からAらが犯人であることに強い疑念を抱いていたところから、事件が上告審に係属した後、Cに事情を説明して弁護に加わつてもらい、共同して事件記録及び証拠物を新たな観点から検討した結果、ともども真犯人は被害者Eの兄Fとその妻G、弟Hら同居の親族であるとの見解を抱くに至つた。そこで、被告人らは、その趣旨を記載した上告趣意補充書を共同で作成したうえ、これを昭和三五年三月二八日最高裁判所に提出する一方、最高検察庁検察官に対してもその写を提出し、真犯人は内部の者であると思われるから事件につき再捜査をされたい旨を申し入れた。ところが、その翌日、Cが、懇意の最高裁判所司法記者クラブ所属の新聞記者から、最高検察庁では再捜査をする意思がないといつていた旨聞知したので、被告人らは、協議のうえ、最高検察庁などの捜査機関が再捜査に乗り出さない限り、証拠資料を収集する組織と権限をもたない弁護人としては到底自らの努力のみではAらの冤罪を晴らすことはできないと判断し、このうえは新聞の報道などの方法によつて真犯人がFら内部の者であることを世人に訴えて世論を喚起し、冤罪の証拠の収集に協力を求め、ひいては最高裁判所の職権発動による原判決破棄を促すことを企図し、第一審判決判示第一のとおり、最高裁判所内の司法記者クラブ室に各社の新聞記者を集めたうえ、こもごも上告趣意補充書の内容を説明し、記者の質問に答え、あるいは死体及び犯行現場の写真を展示するなどし、EはAらによつて殺害されたものではなく、F及びG又はそのほか同夫婦と意思を通じた者が就寝中のEを絞殺したうえ犯行現場を偽装するため死体をD運送店洋服部の店先に運んだものである旨発表した。そのため、被告人らは、同年五月二日Fから名誉毀損罪で告訴されたので、これに対し防禦する必要に迫られるとともに、同年七月一九日前記被告事件につき上告棄却の決定を受けたので、裁判所の通常の審理によつてAらの冤罪を証明する途を失つたところがら、協議のうえ、先に新聞記者に発表した事実の詳細を一般に公表して、冤罪を証明する資料の収集につき世人の協力を求め、再審請求の途をひらくほかはないとの結論に達し、第一審判決判示第二のとおり、F、G及びHの三名が就寝中のEを絞殺し、これをD運送店出入りのI株式会社のトラツク運転手らの犯行であるかのように偽装するため死体を同店洋服部の店先に運び出すなどした旨を記載した「告発」と題する単行本を共同執筆し、七、〇〇〇部を出版してうち約四、〇〇〇部を発売頒布した。
 二 次に、被告人らが本件の第一審以来事件の真相として主張しているFらの犯行の模様は、以下のとおりである。Fらは、Eを殺害することを共謀し、昭和三〇年五月一一日午後一一時ころ、D運送店階下の六畳間に就寝中のEの不意を襲つて共同して同女の抵抗を制圧し、仰向きのままこれを絞殺し、その顔面に付着した鼻腔出血が凝固するまで押しつけた後、両脚を縛り、同店出入りのIの運転手らの犯行であるように装うため、翌一二日午前零時過ぎころ、既に硬直が生じていた死体を同店運送部の土間の方に運搬するつもりで洋服部の店先の四畳間まで運んだ際、仰向きになつていたEの死体をうつ向きにしてしまい、鼻腔内の血液が畳の上にこぼれたため、やむなく死体をその場にうつ伏せにしたまま放置してそこが殺害現場であるように装うことにし、Eの排尿で汚れた同女の寝床のシーツを取り除き、現金入りの同女の鞄を死体の傍に置くなどの偽装工作を施した。
 三 第一の争点は、被告人らの主張する事実を真実と認めることのできる証拠又はこれを真実と誤信するのが相当であると認めうる程度の確実な資料、根拠が存在するかどうかである。
 (一) 右の証拠又は根拠として最も重要なものは、いうまでもなく真犯人がFらであることに直接結びつくものであるが、そのほが真犯人がAらではないことに結びつくものも、考慮に入れなければならない。けだし、Aらの無罪を証明することができても、それはFらが真犯人であることを直ちに証明することにならないことは当然であるが、間接的にその証明に役立つ場合がありうるからである。さらに、この問題を考えるにあたつては、真犯人がAらであることに直接結びつく証拠又は根拠をも考慮しなければならない。思うに、真犯人がAらであることの証拠が存在するにかかわず、Fらが真犯人であること、又はFらが真犯人であるとの誤信が相当の根拠に基づくものであることを立証するためには、Aらの有罪を断定するのに供された証拠をも総合判断したうえ、これを克服する立証をする必要があるからである。このことは、Aらに対する有罪の確定判決の認定事実に拘束力を認めるものではなく、真実性又は相当な根拠の有無の判断に関連をもつすべての証拠を考慮すべきことの当然の帰結である。
 (二) 弁護人ら及び被告人らは、Fらが真犯人であることに結びつく証拠又は根拠があるとして、概要(1)ないし(4)のような指摘をしている。
 (1) Fらは、EがD運送店の経営の実権をもち経済的にも恵まれていることに対し羨望、不満をつのらせ、その経営の実権と現金を奪うため殺害に出たと認めるべき事情がある。
 (2) 事件後に被害届が出されていたEの定期預金証書三通が事件の半年後にHの居住する同人の母J方の居宅内で発見されており、Hの犯行への加担の事実が明らかである。
 (3) Fらの行動には、(イ)F、Gが、二階にいながら犯行に気付いていないと供述していること、(ロ)Fが、Eの脚の紐を解きながら、頸の絞条を解かなかつたこと、(ハ) Fが、死体に向つて「E、E」と呼びかけていること、(二)Hは、事件現場にいつたん来た後J宅に早々と戻つたこと、などの不審な点が多い。
 (4) Hが事件の前に食べていた落花生の薄皮が死体に付着していた。
 そこで検討するに、原判決及びその是認する第一審判決が、右の諸点をを含めて検討したうえ、Fらを真犯人であると積極的に認めるに足りる証拠又は真犯人と誤信するのが相当と認められる積極的な根拠があるとは到底いえないと判断したのは、正当としてこれを支持することができる。すなわち、(1)に関しては、FらとEの収入にかなりの差があつたものの、常に感情の対立葛藤が存在していたわけではないし、Fらに営業の実権を奪う意図があつたことを認めうる証拠もなく、Fらに殺害の動機があるとする主張は、臆測の域を出ないものというほかはない。また、(2)に関しては、Hが定期預金証書を隠匿したと認めるべき証拠がないばかりではなく、このことをめぐる経過は、Eが持つていた証書が見当らなかつたところから被害届が出されたが、その後J宅の押入れからこれが発見されたため、警察に提出されたというにすぎず、Hの犯行への加担の証拠となるものではない。さらに、(3)に関しては、(イ)ないし(二)の事実は、必ずしもFらを真犯人と推定するに足る不審な行動とみることはできない。(4)に関しても、Hは、事件の前にD運送店で落花生を食べていたのであるから、H自身が犯行に加担しなくても死体に落花生の薄皮が付着する可能性が十分にあつたものということができ、これをもつてHの犯行の証拠と断ずることはできない。
 要するに、以上の点は、Fらの犯行を積極的に証明するに足りないことはもとより、これを間接的に推測するに足りるものでもなく、他にこの判断を左右するに足りるだけの証拠は存在しない。
 (三) 他方、弁護人ら及び被告人らは、真犯人がAらではなく内部の者であることをうかがわせる証拠又は根拠があるとして、概要(1)ないし(4)のような指摘をしている。
 (1)(イ) 五月一二日の午前二時半ころ最初に死体を発見したIの助手Kが、死体はうつ伏せで両脚の膝から下をほぼ垂直に上にあげていたと供述していること、(ロ) 医師Lが、死体解剖の結果、胃の内容物の消化状態から判断すると死亡時刻は食後三、四時間、胃粘膜の性状を考慮に入れると食後五時間と推定されると鑑定していること、(ハ) 死体発見直後に現場に駆けつけたEの母Jが、「まあ、この子は冷たいよ。」といつたこと、(二)同日午前一時ころD運送店の前を通りがかつたMが、同店洋服部の内側から表ガラス戸に沿つて引いてあつたカーテンを通じて洩れる薄ぼんやりとした電灯の光を目撃していること、を併せ考えると、犯行時刻は、同日の午前一時すぎではなく、前日の午後一一時ころであると認めるのが合理的である。すなわち、一二日午前二時半ころに既に死体の硬直が始まり、かつ、死体の温度低下が相当進んでいたところから判断すると、死後三時間は経過していると認めるのが相当であり、このことは、胃内容からする死亡時刻の推定及び一二日午前一時すぎころには店内が点灯されていて犯行が行われていなかつたと認められることとも合致する。してみれば、一一日午後一一時ころに沼津市内にいたAらの犯行でないことは明らかであり、内部の者の犯行と推定するのが合理的である。
 (2) 犯行場所は、Bの自白にあるように死体が発見された四畳間に続く土間ではなく、Eの寝室の六畳間であると認めるのが相当である。すなわち、(イ)現場が乱れておらず、死体の足の裏も汚れていないことから判断すると、殺害現場は土間であるとは考えられないこと、(ロ) 死体の顔面及び四畳問の畳の上の血痕から判断すると、Eは、Bの自白にあるように、立つた状態で絞殺されたものではなく、仰向きのまま一〇分間以上も押えつけられたまま絞殺され、その後死体の移動中に四畳間でうつ向きにされたとみるのが合理的であること、(ハ)六畳間のEの寝床にシーツがなかつたことから判断すると、絞頸痙攣時に生じた排尿のため汚れたシーツを内部の者が取り除いたものと推定するのが相当であること、がその根拠となる。
 (3)右の犯行は、二名では実行できるものではなく、すくなくとも三名を要すると認めるのが相当であり、このことは、(イ) 鑑定人Nが、「犯人の人数が複数であり、三人以上とみるのが自然である」と鑑定していること、(ロ)Eの抵抗の物音を聞いた者がいないこと、とも一致する。
 (4)犯行現場には、EがIの運転手を応待する際に殺害されたことを示す痕跡があるが、それらはいずれも不自然なものであつて、偽装工作と認めるのが相当である。
 しかしながら、原判決の是認する第一審判決が、これらの諸点はすべてAらの犯行であることに疑念を生じさせ、又は内部の者の犯行であることをうかがわせるものではないと判断しているのは、正当として支持することができる。右の指摘のうち、最も留意を要するのは、死亡時刻に関する(1)の点である。すなわち、死体がKの供述するような状況にあつたとすれば、その発見時に既に硬直が始まつており、死亡時刻が一二日午前一時すぎより相当早いと推定することも可能であつて、被告人らがこの点を重視したのは、無理からぬからである。しかしながら、Kと同時刻ころに死体を目撃したIの運転手O及びFは共に、死体が右半身を下にして横たわり、両膝がくの字形に折れ曲がつていたと供述しており、死体の傾き方や両膝の曲がり方についての目撃者の供述がくい違つているばかりでなく、うつ伏せで両脚の膝から下を上にあげるというKの供述に近い状態は、死体の硬直が始まつていなくても生じえないものではないから、同人の供述を根拠として死体の硬直が始まつていたと断定するのは、早計である。むしろ、一二日午前三時ないし三時半ころまでの間に撮影された死体の写真によると、死体は仰向きの状態で、左脚は膝の部分をほぼ真直ぐに伸ばし、右脚は膝をくの字形に折り曲げて左脚の下に組み敷かれていたことが明らかであるから、同時刻ころには未だ死体の硬直が始まつていなかつたものと認めるのが相当である。被告人らは、この点に関し、右時刻ころに死体の硬直が認められないのは、Fが死体の硬直をKらに発見され、内部の犯行であることが発覚するのをおそれて、死体を仰向きにし、両下肢を縛つてあつた腰紐を解く際に硬直を緩解したからであると推定する。しかしながら、硬直を緩解するには膝関節を伸びすなどして筋肉をもみほぐす必要があるのに、Fがこれらの動作に出たことはなく、また、Fがこのような法医学的知識に基づいて意図的に硬直を解いて犯行時刻をまぎらわしたとみるのは不自然であつて、右の推定は合理的でない。しかも、犯行時刻が問題となつてはおらず、Aらへの嫌疑も生じていない最初の時点において、Fが死亡時刻を遅らせるような作為をする必要があつたとは、到底考えられない。結局、右の推定は、死亡時刻が一二日午前一時すぎころとすると、Aらを真犯人と認定するほかないので、真犯人は内部の者であるという主張との矛盾を避けるためになされたものとみざるをえない。原審においてPがKと同旨の供述をしていることも、右の判断の妨げとなるものではない。胃内容の消化状況からの死亡時刻の推論も、他の複雑な事情により変わりうるのであつて、正確なものとはいえない。さらに、Jは、その発言に関し、「生きている人間に比べて冷いと感じたからであつて、死体には温度は未だ残つていた」旨を供述しているのであるから、その発言をもつて死亡時刻を一一日午後一一時ころと認定する証拠とすることはできない。一二日午前一時ころ薄ぼんやりとした光が内部からもれていたという点も、内部の者の犯行の証拠と断ずることはできない。(2)(イ)に関しては、被害者は隻腕の女性であるから、抵抗がさほど激しくなかつたと考えることもできるし、コンクリート張りの土間であるから、足の裏が汚れていないことも不自然ではない。(2)(ロ)に関しては、血痕の状態からは、被害者が痙攣時に仰向きであつたことを認めうるにとどまり、絞頸時に仰向きであつたことを推定することはできない。(2)(ハ)、(3)(イ)、(ロ)、(4)に関しても、Aらが真犯人であることと矛盾する点はない。(3)(イ)のN鑑定人の鑑定は、一定の条件を基にした推論にとどまるのである。
 結局、Aらの犯行であることの一応の反証として、前記(1)(イ)に記載するようなKの供述があるものの、他の証拠と総合判断するときは十分な反証ということはできず、ほかにAらの犯行であることに疑念を生じさせ、又は内部の者に犯行をうかがわせるに足りる証拠は存在しないというほかはない。
 (四) さらに、留意を要するのは、Aらが有罪判決を受けるについては、合理的な疑を容れる余地のない程度に十分な証拠が存在していたことである。詳細にその内容を説示するまでもないが、Bが犯行を全面的に自白しており、その自白には客観的な裏付けがあり、かつ、任意性が認められること、及び五月一二日午前一時一五分ころ、D運送店から四〇メートル位離れたQ商会前にI所属のトツクが一台駐車しており、乗員がいなかつた事実が、偶々その傍を通りかかつたタクシー運転手のRと手のSによつて目撃されており、かつ、同時刻ころこの場所に駐車する可能性のあつたI所属のトラツクはAらの乗車するトラツク以外になかつたことが証拠上明らかであることは、Aらの犯行を証明する極めて重大な事実として、ここに特記しておくべきであろう。目撃者であるRが、以前Iに勤務していた者であつて、その観察に誤りがあるとは思われないことも、付言しておきたい。
 (五) 以上を総合すると、D事件がAらの犯行であることについては、合理的な疑いを容れる余地のない証拠があるのに対し、Fらの犯行であることについては、合理的な疑いを容れることのできない証拠はもとより、証拠の優越の程度の証拠すら存在しないものと判断せざるをえない。また、被告人らがその摘示した事実を真実であると信ずることについても、それを相当であると認めうる程度に確実な資料、根拠があるとはいえない。
 四 第二の争点は、被告人らの本件行為が、Aらの弁護人としてその利益を擁護するためにした正当な弁護活動であるかどうかである。
 (一) 名誉毀損罪などの構成要件にあたる行為をした場合であつても、それが自己が弁護人となつた刑事被告人の利益を擁護するためにした正当な弁護活動であると認められるときは、刑法三五条の適用を受け、罰せられないことは、いうまでもない。しかしながら、刑法三五条の適用を受けるためには、その行為が弁護活動のために行われたものであるだけでは足りず、行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮して、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものと認められなければならないのであり、かつ、右の判断をするにあたつては、それが法令上の根拠をもつ職務活動であるかどうか、弁護目的の達成との間にどのような関連性をもつか、弁護を受ける刑事被告人自身がこれを行つた場合に刑法上の違法性阻却を認めるべきかどうかという諸点を考慮に入れるのが相当である。
 (二) これを本件についてみると、弁護人が弁護活動のために名誉毀損罪にあたる事実を公表することを許容している法令上の具体的な定めが存在しないことは、いうまでもない。
 また、原判決及びその是認する第一審判決の認定によると、被告人らは、Fら三名が真犯人であることを広く社会に報道して、世論を喚起し、Aら両名を無罪とするための証拠の収集につき協力を求め、かつ、最高裁判所の職権発動による原判決破棄ないしは再審請求の途をひらくため本件行為に出たものであつて、Aらの無罪を得るために当該被告事件の訴訟手続内において行つたものではないから、訴訟活動の一環としてその正当性を基礎づける余地もない。すなわち、その行為は、訴訟外の救援活動に属するものであり、弁護目的との関連性も著しく間接的であり、正当な弁護活動の範囲を起えるものというほかはないのである。
 さらに、既に判示したとおり、被告人らの摘示した事実は、真実であるとは認められず、また、これを真実と誤信するに足りる確実な資料、根拠があるとも認められないから、たとえAら自身がこれを公表した場合であつても、名誉毀損罪にあたる違法な行為というほかはなく、同一の行為が弁護人によつてなされたからといつて、違法性の阻却を認めるべきいわれはない。
 その他、本件行為の具体的状況など諸般の事情を考慮しても、これを法秩序全体の見地から許容されるべきものということはできない。
 (結論)
 よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。
  昭和五一年三月二三日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岸   上   康   夫
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一
            裁判官    団   藤   重   光