判例

H01.07.07 第三小法廷・決定 昭和59(あ)1168 出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律違反、窃盗(第43巻7号607頁)

判示事項:

自動車金融により所有権を取得した貸主による自動車の引揚行為と窃盗罪の成否

要旨:

買戻約款付自動車売買契約により自動車金融をしていた貸主が、借主の買戻権喪失により自動車の所有権を取得した後、借主の事実上の支配内にある自動車を承諾なしに引き揚げた行為は、刑法二四二条にいう他人の占有に属する物を窃取したものとして窃盗罪を構成する。

主    文

     本件上告を棄却する。
         

理    由

 一 上告趣意に対する判断
  弁護人佐々木哲蔵、同佐々木寛、同中道武美の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
 二 職権による判断所論は、被告人は、相手方との間に買戻約款付自動車売買契約を締結し、相手方が買戻権を喪失した後、権利の行使として自動車を引き揚げたものであるから、窃盗罪の責めを負わないと主張するので、この点について判断する。
 原判決によると、次の事実が認められる。1 被告人は、いわゆる自動車金融の形式により、出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律による利息の制限を免れる外形を採つて高利を得る一方、融資金の返済が滞つたときには自動車を転売して多額の利益をあげようと企て、「車預からず融資、残債有りも可」という広告を出し、これを見て営業所を訪れた客に対し、自動車の時価の二分の一ないし一〇分の一程度の融資金額を提示したうえ、用意してある買戻約款付自動車売買契約書に署名押印させて融資をしていた。契約書に書かれた契約内容は、借主が自動車を融資金額で被告人に売渡してその所有権と占有権を被告人に移転し、返済期限に相当する買戻期限までに融資金額に一定の利息を付した金額を支払つて買戻権を行使しない限り、被告人が自動車を任意に処分することができるというものであり、さらに本件の三台の自動車のうち二台に関しては、買戻権が行使された場合の外は被告人は「自動車につき直接占有権をも有し、その自動車を任意に運転し、移動させることができるものとする。」という条項を含んでいた。しかし、契約当事者の間では、借主が契約後も自動車を保管し、利用することができることは、当然の前提とされていた。まだ、被告人としては、自動車を転売した方が格段に利益が大きいため、借主が返済期限に遅れれば直ちに自動車を引き揚げて転売するつもりであつたが、客に対してはその意図を秘し、時たま説明を求める客に対しても「不動産の譲渡担保と同じてとだ。」とか「車を引き揚げるのは一〇〇人に一人位で、よほどひどく遅れたときだ。」などと説明するのみであり、客には契約書の写しを渡さなかつた。2 借主は、契約後も、従前どおり自宅、勤務先等の保管場所で自動車を保管し、これを使用していた。また、借主の中には、買戻権を喪失する以前に自動車を引き揚げられた者もあり、その他の者も、次の営業日か短時日中に融資金を返済する手筈であつた。3 被告人又はその命を受けた者は、一部の自動車については返済期限の前日又は未明、その他の自動車についても返済期限の翌日未明又は数日中に、借主の自宅、勤務先等の保管場所に赴き、同行した合鍵屋に作らせた合鍵又は契約当日自動車の点検に必要であるといつて預かつたキーで密かに合鍵屋に作らせたスペアキーを利用し、あるいはレツカー車に牽引させて、借主等に断ることなしに自動車を引き揚げ、数日中にこれらを転売し、あるいは転売しようとしていた。
 以上の事実に照らすと、被告人が自動車を引き揚げた時点においては、自動車は借主の事実上の支配内にあつたことが明らかであるから、かりに被告人にその所有権があつたとしても、被告人の引揚行為は、刑法二四二条にいう他人の占有に属する物を窃取したものとして窃盗罪を構成するというべきであり、かつ、その行為は、社会通念上借主に受忍を求める限度を超えた違法なものというほかはない。したがつて、これと同旨の原判決の判断は正当である。
 よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
  平成元年七月七日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    安   岡   滿   彦
            裁判官    坂   上   壽   夫
            裁判官    貞   家   克   己