判例

H12.04.14 第二小法廷・決定 平成11(許)23 債権差押命令に対する執行抗告棄却決定に対する許可抗告事件(第54巻4号1552頁)

判示事項:

抵当不動産の賃借人が取得する転貸賃料債権について抵当権者が物上代位権を行使することの可否

要旨:

抵当権者は、抵当不動産の賃借人を所有者と同視することを相当とする場合を除き、右賃借人が取得する転貸賃料債権について物上代位権を行使することができない。

主    文

     原決定を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         
理    由  抗告代理人花村聡、同小比賀正義の抗告理由について
 一 本件は、原々決定別紙物件目録記載の建物に根抵当権の設定を受けた相手方が、物上代位権の行使として、右建物を賃借してこれを他に転貸している抗告人の転借人に対する転貸賃料債権につき差押命令(原々決定)を得たところ、抗告人が、右差押命令に対して執行抗告をし、抗告棄却決定に対して更に抗告をした事件である。記録によると、本件の事実関係は、次のとおりである。
 1 相手方は、昭和六三年六月二一日、Bとの間で、同人の株式会社C銀行に対する金銭消費貸借契約に基づく債務について保証委託契約を締結し、同年一〇月二一日、B及びD(以下、右両名を併せて「Bら」という。)との間で、相手方のBに対する求償債権等を被担保債権として、Bら共有の本件建物に極度額を一億九八〇〇万円とする根抵当権を設定することを合意し、同日、その旨の登記を経由した。
 2 本件建物は、昭和六三年九月二六日新築の三階建店舗兼共同住宅用建物である。
 3 相手方は、平成九年一〇月二八日、右保証委託契約に基づき、BのC銀行に対する債務七二一六万二八一二円を弁済し、Bに対して同額の求償債権を取得した。
 4 Eは、右同日、Bらから本件建物を買い受け(同月三〇日所有権移転登記)、同月三一日、抗告人に本件建物を賃貸し(同年一一月一七日賃借権設定仮登記)、抗告人は、第三債務者らに対し、本件建物の部屋のうち七室を転貸している。
 5 相手方は、平成一〇年九月一〇日、横浜地方裁判所川崎支部に、本件根抵当権に基づく物上代位権の行使として、抗告人の第三債務者らに対する転貸賃料債権について差押命令を申し立て、同裁判所は、同月一六日、本件債権差押命令を発した。
 6 抗告人は、本件債権差押命令に対し、執行抗告をした。
 二 原審は、抵当不動産の賃貸により抵当権設定者が取得する賃料債権に対しては、民法三七二条によって準用される同法三〇四条一項により、抵当権者は物上代位権を行使することができるところ、同項に規定する「債務者」には、抵当権の設定者及び抵当不動産の第三取得者(以下、両者を併せて「所有者」という。)のほか、抵当権設定後に抵当不動産を賃借した者も含まれると解すべきであるから、抵当権者は、右の賃借人が取得すべき抵当不動産の転貸賃料債権に対しても、物上代位権を行使することができるとの理由により、本件差押命令を相当として、抗告人の執行抗告を棄却した。
 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 民法三七二条によって抵当権に準用される同法三〇四条一項に規定する「債務者」には、原則として、抵当不動産の賃借人(転貸人)は含まれないものと解すべきである。けだし、所有者は被担保債権の履行について抵当不動産をもって物的責任を負担するものであるのに対し、抵当不動産の賃借人は、このような責任を負担するものではなく、自己に属する債権を被担保債権の弁済に供されるべき立場にはないからである。同項の文言に照らしても、これを「債務者」に含めることはできない。また、転貸賃料債権を物上代位の目的とすることができるとすると、正常な取引により成立した抵当不動産の転貸借関係における賃借人(転貸人)の利益を不当に害することにもなる。もっとも、所有者の取得すべき賃料を減少させ、又は抵当権の行使を妨げるために、法人格を濫用し、又は賃貸借を仮装した上で、転貸借関係を作出したものであるなど、抵当不動産の賃借人を所有者と同視することを相当とする場合には、その賃借人が取得すべき転貸賃料債権に対して抵当権に基づく物上代位権を行使することを許すべきものである。
 以上のとおり、抵当権者は、抵当不動産の賃借人を所有者と同視することを相当とする場合を除き、右賃借人が取得すべき転貸賃料債権について物上代位権を行使することができないと解すべきであり、これと異なる原審の判断には、原決定に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり、原決定は破棄を免れない。そして、抗告人が本件建物の所有者と同視することを相当とする者であるかどうかについて更に審理を遂げさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 梶谷 玄)