判例 

平成14年09月11日 大法廷判決 平成11年(オ)第1767号 損害賠償請求事件

要旨:

1 郵便法68条及び73条のうち書留郵便物について不法行為に基づく国の損害賠償責任を免除し又は制限している部分と憲法17条
2 郵便法68条及び73条のうち特別送達郵便物について国家賠償法に基づく国の損害賠償責任を免除し又は制限している部分と憲法17条

主    文

原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         

理    由

 上告代理人上野勝,同水田通治,同足立毅の上告理由について
 所論は,要するに,(1) 郵便法(以下「法」という。)68条,73条は,憲法17条に違反する,又は(2) 法68条,73条のうち,郵便の業務に従事する者(以下「郵便業務従事者」という。)の故意又は重大な過失によって損害が生じた場合にも国の損害賠償責任を否定している部分は,憲法17条に違反すると主張し,原判決には同条の解釈の誤りがあるというのである。
 1 憲法17条について
 憲法17条は,「何人も,公務員の不法行為により,損害を受けたときは,法律の定めるところにより,国又は公共団体に,その賠償を求めることができる。」と規定し,その保障する国又は公共団体に対し損害賠償を求める権利については,法律による具体化を予定している。これは,公務員の行為が権力的な作用に属するものから非権力的な作用に属するものにまで及び,公務員の行為の国民へのかかわり方には種々多様なものがあり得ることから,国又は公共団体が公務員の行為による不法行為責任を負うことを原則とした上,公務員のどのような行為によりいかなる要件で損害賠償責任を負うかを立法府の政策判断にゆだねたものであって,立法府に無制限の裁量権を付与するといった法律に対する白紙委任を認めているものではない。そして,公務員の不法行為による国又は公共団体の損害賠償責任を免除し,又は制限する法律の規定が同条に適合するものとして是認されるものであるかどうかは,当該行為の態様,これによって侵害される法的利益の種類及び侵害の程度,免責又は責任制限の範囲及び程度等に応じ,当該規定の目的の正当性並びにその目的達成の手段として免責又は責任制限を認めることの合理性及び必要性を総合的に考慮して判断すべきである。
2 法68条,73条の目的について
 (1) 法68条は,法又は法に基づく総務省令(平成11年法律第160号による郵便法の改正前は,郵政省令。以下同じ。)に従って差し出された郵便物に関して,@ 書留とした郵便物の全部又は一部を亡失し,又はき損したとき,A 引換金を取り立てないで代金引換とした郵便物を交付したとき,B 小包郵便物(書留としたもの及び総務省令で定めるものを除く。)の全部又は一部を亡失し,又はき損したときに限って,一定の金額の範囲内で損害を賠償することとし,法73条は,損害賠償の請求をすることができる者を当該郵便物の差出人又はその承諾を得た受取人に限定している。
 法68条,73条は,その規定の文言に照らすと,郵便事業を運営する国は,法68条1項各号に列記されている場合に生じた損害を,同条2項に規定する金額の範囲内で,差出人又はその承諾を得た受取人に対して賠償するが,それ以外の場合には,債務不履行責任であると不法行為責任であるとを問わず,一切損害賠償をしないことを規定したものと解することができる。
 (2) 法は,「郵便の役務をなるべく安い料金で,あまねく,公平に提供することによって,公共の福祉を増進すること」を目的として制定されたものであり(法1条),法68条,73条が規定する免責又は責任制限もこの目的を達成するために設けられたものであると解される。すなわち,郵便官署は,限られた人員と費用の制約の中で,日々大量に取り扱う郵便物を,送達距離の長短,交通手段の地域差にかかわらず,円滑迅速に,しかも,なるべく安い料金で,あまねく,公平に処理することが要請されているのである。仮に,その処理の過程で郵便物に生じ得る事故について,すべて民法や国家賠償法の定める原則に従って損害賠償をしなければならないとすれば,それによる金銭負担が多額となる可能性があるだけでなく,千差万別の事故態様,損害について,損害が生じたと主張する者らに個々に対応し,債務不履行又は不法行為に該当する事実や損害額を確定するために,多くの労力と費用を要することにもなるから,その結果,料金の値上げにつながり,上記目的の達成が害されるおそれがある。
 したがって,上記目的の下に運営される郵便制度が極めて重要な社会基盤の一つであることを考慮すると,法68条,73条が郵便物に関する損害賠償の対象及び範囲に限定を加えた目的は,正当なものであるということができる。
 3 本件における法68条,73条の合憲性について
 (1) 上告人は,上告人を債権者とする債権差押命令を郵便業務従事者が特別送達郵便物として第三債務者へ送達するに際して,これを郵便局内に設置された第三債務者の私書箱に投かんしたために送達が遅れ,その結果,債権差押えの目的を達することができなかったと主張して,被上告人に対し,損害賠償を求めている。
 特別送達は,民訴法103条から106条まで及び109条に掲げる方法により送達すべき書類を内容とする通常郵便物について実施する郵便物の特殊取扱いであり,郵政事業庁(平成11年法律第160号による郵便法の改正前は,郵政省。以下同じ。)において,当該郵便物を民訴法の上記規定に従って送達し,その事実を証明するものである(法57条1項,66条)。そして,特別送達の取扱いは,書留とする郵便物についてするものとされている(法57条2項)。したがって,本件の郵便物については,まず書留郵便物として法68条,73条が適用されることとなるが,上記各条によれば,書留郵便物については,その亡失又はき損につき,差出人又はその承諾を得た受取人が法68条2項に規定する限度での賠償を請求し得るにすぎず,上告人が主張する前記事実関係は,上記各条により国が損害賠償責任を負う場合には当たらない。
 (2) 書留は,郵政事業庁において,当該郵便物の引受けから配達に至るまでの記録をし(法58条1項),又は一定の郵便物について当該郵便物の引受け及び配達について記録することにより(同条4項),郵便物が適正な手順に従い確実に配達されるようにした特殊取扱いであり,差出人がこれに対し特別の料金を負担するものである。そして,書留郵便物が適正かつ確実に配達されることに対する信頼は,書留の取扱いを選択した差出人はもとより,書留郵便物の利用に関係を有する者にとっても法的に保護されるべき利益であるということができる。
 ところで,上記のような記録をすることが定められている書留郵便物については,通常の職務規範に従って業務執行がされている限り,書留郵便物の亡失,配達遅延等の事故発生の多くは,防止できるであろう。しかし,書留郵便物も大量であり,限られた人員と費用の制約の中で処理されなければならないものであるから,郵便業務従事者の軽過失による不法行為に基づく損害の発生は避けることのできない事柄である。限られた人員と費用の制約の中で日々大量の郵便物をなるべく安い料金で,あまねく,公平に処理しなければならないという郵便事業の特質は,書留郵便物についても異なるものではないから,法1条に定める目的を達成するため,郵便業務従事者の軽過失による不法行為に基づき損害が生じたにとどまる場合には,法68条,73条に基づき国の損害賠償責任を免除し,又は制限することは,やむを得ないものであり,憲法17条に違反するものではないということができる。
 しかしながら,上記のような記録をすることが定められている書留郵便物について,郵便業務従事者の故意又は重大な過失による不法行為に基づき損害が生ずるようなことは,通常の職務規範に従って業務執行がされている限り,ごく例外的な場合にとどまるはずであって,このような事態は,書留の制度に対する信頼を著しく損なうものといわなければならない。そうすると,このような例外的な場合にまで国の損害賠償責任を免除し,又は制限しなければ法1条に定める目的を達成することができないとは到底考えられず,郵便業務従事者の故意又は重大な過失による不法行為についてまで免責又は責任制限を認める規定に合理性があるとは認め難い。
 なお,運送事業等の遂行に関連して,一定の政策目的を達成するために,事業者の損害賠償責任を軽減している法令は,商法,国際海上物品運送法,鉄道営業法,船舶の所有者等の責任の制限に関する法律,油濁損害賠償保障法など相当数存在する。これらの法令は,いずれも,事業者側に故意又は重大な過失ないしこれに準ずる主観的要件が存在する場合には,責任制限の規定が適用されないとしているが,このような法令の定めによって事業の遂行に支障が生じているという事実が指摘されているわけではない。このことからみても,書留郵便物について,郵便業務従事者の故意又は重大な過失によって損害が生じた場合に,被害者の犠牲において事業者を保護し,その責任を免除し,又は制限しなければ法1条の目的を達成できないとする理由は,見いだし難いといわなければならない。
 以上によれば,法68条,73条の規定のうち,書留郵便物について,郵便業務従事者の故意又は重大な過失によって損害が生じた場合に,不法行為に基づく国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分は,憲法17条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱したものであるといわざるを得ず,同条に違反し,無効であるというべきである。
 (3) 特別送達は,民訴法第1編第5章第3節に定める訴訟法上の送達の実施方法であり(民訴法99条),国民の権利を実現する手続の進行に不可欠なものであるから,特別送達郵便物については,適正な手順に従い確実に受送達者に送達されることが特に強く要請される。そして,特別送達郵便物は,書留郵便物全体のうちのごく一部にとどまることがうかがわれる上に,書留料金に加えた特別の料金が必要とされている。また,裁判関係の書類についていえば,特別送達郵便物の差出人は送達事務取扱者である裁判所書記官であり(同法98条2項),その適正かつ確実な送達に直接の利害関係を有する訴訟当事者等は自らかかわることのできる他の送付の手段を全く有していないという特殊性がある。さらに,特別送達の対象となる書類については,裁判所書記官(同法100条),執行官(同法99条1項),廷吏(裁判所法63条3項)等が送達を実施することもあるが,その際に過誤が生じ,関係者に損害が生じた場合,それが送達を実施した公務員の軽過失によって生じたものであっても,被害者は,国に対し,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を請求し得ることになる。
 これら特別送達郵便物の特殊性に照らすと,法68条,73条に規定する免責又は責任制限を設けることの根拠である法1条に定める目的自体は前記のとおり正当であるが,特別送達郵便物については,郵便業務従事者の軽過失による不法行為から生じた損害の賠償責任を肯定したからといって,直ちに,その目的の達成が害されるということはできず,上記各条に規定する免責又は責任制限に合理性,必要性があるということは困難であり,そのような免責又は責任制限の規定を設けたことは,憲法17条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱したものであるといわなければならない。
 そうすると,(2)に説示したところに加え,法68条,73条の規定のうち,特別送達郵便物について,郵便業務従事者の軽過失による不法行為に基づき損害が生じた場合に,国家賠償法に基づく国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分は,憲法17条に違反し,無効であるというべきである。
 4 結論
 原判決は,法68条,73条の規定は憲法17条に違反せず,上告人が請求原因として主張する事実関係自体が法68条,73条に規定する国が損害賠償責任を負う場合に当たらないことを理由に,本件の事実関係についての審理を尽くすことなく,上告人の請求を棄却すべきものとした。しかしながら,前記のとおり,上記各条の規定のうち,特別送達郵便物について,郵便業務従事者の故意又は過失による不法行為に基づき損害が生じた場合に,国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分は違憲無効であるから,上記各条の存在を理由に上告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断は,憲法17条の解釈を誤ったものである。論旨はその趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。
 上告人が主張する請求原因の要旨は,国家公務員である郵便業務従事者が,上告人を債権者とする債権差押命令を内容物とする特別送達郵便物を,過失により,民訴法に定める送達方法によらずに第三債務者の私書箱に投かんしたため,通常の業務の過程において法令の定める職務規範に従って送達されるべき時に上記差押命令が送達されず,上告人の法的利益が侵害され,その結果,債権差押えの目的を達することができなくなり損害を被ったというものであると解され,その主張自体が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を請求するためのものとして失当であるということはできないから,その請求の当否を判断するについては,更に事実関係等について審理を尽くすべきである。したがって,本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官滝井繁男の補足意見,裁判官福田博,同深澤武久の意見,裁判官横尾和子,同上田豊三の各意見がある。
 裁判官滝井繁男の補足意見は,次のとおりである。
 私は,多数意見に同調するものであるが,福田裁判官,深澤裁判官の意見にかんがみ,多数意見の趣旨を補足しておきたい。
 多数意見は,憲法17条が規定する「法律の定めるところにより」の意義について,「公務員のどのような行為によりいかなる要件で損害賠償責任を負うかを立法府の政策判断にゆだねたものであって,立法府に無制限の裁量権を付与するといった法律に対する白紙委任を認めているものではない」と判示している。福田,深澤両裁判官は,この部分について,立法府に極めて広い裁量を認めているとの疑念を残す余地があると懸念しているのではないかと思われる。しかしながら,多数意見をそのように解するのは,適当ではない。
 多数意見は,上記引用部分に先立って,「国又は公共団体が公務員の行為による不法行為責任を負うことを原則とした上」としているのである。この部分と併せて読めば,憲法17条の趣旨は,国家無答責の考えを廃し,被害者の救済を全うするために国又は公共団体が賠償責任を負うべきことを前提にし,国又は公共団体の責任は,基本的には私人の不法行為責任と異なるものではないとの考えに立ちつつ,具体的な責任の範囲について,それぞれの行為が行われた具体的状況を勘案して,一定の政策目的によって例外的に加重若しくは軽減し,又は免除することのあり得ることを認めたものと解することができるのであって,福田,深澤両裁判官の懸念は当たらない。
 郵便法は,郵便の役務をなるべく安い料金で,あまねく,公平に提供することをその目的としていることから(法1条),その目的を達するために必要かつ合理的な限度で,郵便業務に伴う賠償責任を法律によって軽減又は免除することが許される場合もある。多数意見も,そのように,法が郵便物に関する損害賠償の対象及び範囲に特別の規定を設け得ることを前提としつつ,上記目的に照らしてその責任の免除又は制限の合理性と必要性を具体的に検討した上で,法68条,73条の規定には,上記合理性又は必要性が認められず,違憲無効となる部分があると判示したのである。私は,これに賛成するものである。
 裁判官福田博,同深澤武久の意見は,次のとおりである。
 私たちは,郵便法68条,73条の規定のうち,書留郵便物について郵便業務従事者の故意又は重大な過失により生じた損害,及び特別送達郵便物について軽過失により生じた損害に関して,それぞれ国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分を憲法17条に違反するとする多数意見の結論に賛成するものであるが,そのような結論に至る理由を異にするものである。
 1 多数意見は,憲法17条は公務員の不法行為による損害賠償責任を認めつつも,具体的な損害賠償を求める権利は法律の定めるところによると規定していることをもって,これは,「公務員のどのような行為によりいかなる要件で損害賠償責任を負うかを立法府の政策判断にゆだねたものであって,立法府に無制限の裁量権を付与するといった法律に対する白紙委任を認めているものではない」と述べている。
 2 しかし,郵便法68条,73条の合憲性を判断するに当たって,憲法17条は,字義どおり,公務員の不法行為に基づく損害賠償請求は,法律が具体的に定めるところにより,その賠償を求めることができると規定していると解すれば必要かつ十分であり,これに加えて立法府の白紙委任にわたらない範囲での裁量権を認めた規定であるかどうかを論ずる必要はないのである。なぜならば,このように論ずることは,憲法上の権利について,「法律の定めるところにより」とあれば直ちに国会の広範な立法「裁量権」が認められ,司法はそれを前提として「違憲立法審査権」を行使すれば足りるとの考えにつながるものであって,ひいては,国会の有する立法についての広範な「裁量の幅」を「裁量権」と表現し,これを違憲立法審査権の行使にいわば前置することにより,憲法81条によって司法に与えられた違憲立法審査権をいたずらに矮小化し,憲法に定められた三権分立に伴う司法の役割を十分に果たさない結果を招来することとなりかねないからである。憲法81条は,国民の信託を得て選任された議員によって構成される立法府が,一定の立法事実に政治的判断を行って具体的な法律を策定することについて,広い裁量の幅を有することを当然の前提としつつも,すべての立法についてそれが憲法に適合するものであるか否かの最終判断を司法にゆだねているのである。
 3 この意見の違いを単に概念的な相違の問題として片付けることはできない。憲法81条は,多くの近代民主主義諸国にならって三権分立による統治システムを採用し,選挙で選ばれたものでない裁判官によって構成される司法機関に対し,憲法解釈についての最終的な判断の責任を与えることにより,三権の間のチェックとバランスを図り,近代民主主義体制の維持に万全を期さんとしたものである。立法府が有する広範な「裁量権」の存在を前提として司法が限定的,抑制的に「違憲立法審査権」を行使すれば足りるとするのでは,最高裁判所が憲法に定める三権による統治システムの一つとして果たすべき役割を十分に果たしていないとの批判は避けられないことになる(この点については,最高裁平成11年(行ツ)第241号同12年9月6日大法廷判決・民集54巻7号1997頁における福田反対意見(同2013頁以下)参照。)。
 4 法律の憲法適合性を判断するに当たっては,裁判官は憲法についての法律知識と良心に従って解釈した基準に基づいて,策定された法律がその基準に適合するか否かを判断することを求められているのであって,それが立法府の有する「裁量権」の範囲内にあるか否かを審査することを求められているのではない。その判断は,立法過程において見られることのあるいわゆる政治的妥協ないし取引とは関係なく行われるべきものであり,さらに,裁判官自身の個人的信条とは離れて行われるべきものであることはもとより当然のことである。
 5 これを本件について見ると,郵便法は,なるべく安い料金で,あまねく,公平に郵便の役務を国民に提供することを目的としているところ,その目的自体は正当であり,具体的事案について国の損害賠償責任の制限規定の存在することが正当か否かを検討するに当たっては,そのような制限規定が上記の目的に照らして「役務の内容とその提供に見合って,客観的に見てバランスのとれたもの」,あるいは「釣り合っているもの」であれば,憲法17条の法意に合致し,違憲の問題は生じないというべきである。このような判断に当たっては,立法府の「裁量権」の広狭などを考慮する必要はない。本件では,特別送達郵便物についての損害賠償責任の問題が論ぜられており,損害賠償責任の免除ないし制限の規定が,そのような郵便物送達の目的と責任に「釣り合っている」ものであるか否かを精査すればよいのであって,かかる観点から見れば,そのような郵便物についてまで公務員に過失がある場合の損害賠償責任を免除し,又は制限する理由は見いだし得ないというべきである。多数意見は,併せて「書留」郵便物一般についても説示しており,これは厳密にいえば本件事案の外の問題ではあるが,大法廷判決でもあり,上記の考え方の延長線上にあるものとして同意することができる。
 6 以上,要すれば,最高裁判所の憲法判断は,立法府の「裁量権」の範囲とは関係なく,客観的に行われるべきものであり,多数意見の論理構成は,将来にわたって憲法17条についての司法の憲法判断姿勢を消極的なものとして維持する理由になりかねず,そのような理由付けに同調することはできない。
 裁判官横尾和子の意見は,次のとおりである。
 私は,郵便法68条,73条の規定のうち,特別送達郵便物についての郵便業務従事者の故意又は過失による不法行為に基づく損害に関し,国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分を憲法17条に違反するとする多数意見の結論に賛成するものであるが,多数意見が特別送達郵便物以外の書留郵便物についての郵便業務従事者の故意又は重大な過失による不法行為に基づく損害に関し,国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分を同17条に違反するとする部分には,賛成することができない。その理由は,次のとおりである。
 郵便事業は,法1条の目的を達成するための様々な役務ないし要素の体系であり,取り扱う郵便物の範囲及び区分(郵便物の種類),郵便物についての通常取扱いの手順及び特殊取扱いの種類並びに料金の額及びその免除,軽減等の特別措置等について,財政,定員等の制約条件の下で取捨選択がされ,その結果が全体として法1条の目的に沿うものとなっているのである。そして,郵便物について郵便業務従事者の故意又は過失による不法行為に基づく損害に関しどの程度の賠償を行うかという点も,郵便事業の体系全体の中に位置付けられるべきものである。
 書留は,郵便物の引受けから配達までを記録し,より確実な送達を行う特殊取扱いであり,これに,郵便業務従事者が無過失である場合を含め,一定の範囲及び限度の賠償がされる保障が付されている。この損害保障の方式は,利用者に対し,賠償範囲は限定されているが,簡便な手続で賠償がされるという利点を提供するとともに,郵便事業の運営面では,定型的な事故処理を行い,また,賠償に要する総費用の見通しを得ることを可能にしているものである。このことを考慮すると,書留の取扱いについても,法68条,73条によって国の賠償責任を免除し,又は制限していることは,郵便法の目的達成の観点から合理性及び必要性があり,憲法17条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱するものではないと解するのが相当である。
 ただし,特別送達には,書留の取扱いとしての役務に加え,裁判書類等を送達し,送達の事実を公証する公権力の行使であるという側面があり,一般の郵便物におけるのとは異なる利益の実現が予定されている。この特別送達の有する公権力の行使としての性格にかんがみると,特別送達郵便物が書留郵便物全体のうちのごく一部にとどまるかどうかを問うまでもなく,軽過失による不法行為に基づく場合を含め,国の賠償責任が肯定されるべきである。
 裁判官上田豊三の意見は,次のとおりである。
 私は,基本的には多数意見に同調するものであるが,多数意見のうち3(3)の部分及び4のうち「特別送達郵便物について,郵便業務従事者の・・・過失による不法行為に基づき損害が生じた場合に,国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分は違憲無効である」とする部分には賛成することができない。その理由は,次のとおりである。
 特別送達が民訴法上の送達の実施方法であり,国民の権利を実現する手続の進行に不可欠なものであるから,特別送達郵便物については,適正な手順に従い確実に受送達者に送達されることが特に強く要請されること,特別送達郵便物は,書留郵便物全体のうちのごく一部にとどまることがうかがわれる上に,書留料金に加えた特別の料金が必要とされていること,裁判関係の書類についていえば,特別送達郵便物の差出人は送達事務取扱者である裁判所書記官であり,その適正かつ確実な送達に直接の利害関係を有する訴訟当事者は自らかかわることのできる他の送付の手段を全く有していないことは,多数意見の述べるとおりである。しかしながら,特別送達郵便物も書留郵便物の一種として郵便制度を利用して配達されるものであり,そうである以上,郵便の役務をなるべく安い料金で,あまねく,公平に提供することにより,公共の福祉を増進しようとする郵便制度の目的を達成することとの調和が考慮されなければならない。そして,上記目的を達成するために,郵便業務従事者の軽過失による不法行為に基づき損害が生じたにとどまる場合には,法68条,73条に定める範囲,限度において国は損害賠償責任を負い,それ以外には損害賠償責任を負わないとすることも,憲法17条が立法府に付与した裁量の範囲を逸脱するものではないと解するのが相当である。したがって,特別送達郵便物についても,郵便業務従事者の故意又は重大な過失により損害が生じた場合に不法行為に基づく国の損害賠償責任を免除し,又は制限している部分が,憲法17条に違反し,無効であると解すべきである。
(裁判長裁判官 山口 繁 裁判官 井嶋一友 裁判官 福田 博 裁判官 藤井正雄 裁判官 金谷利廣 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫 裁判官 奥田昌道
裁判官 梶谷 玄 裁判官 町田 顯 裁判官 深澤武久 裁判官 濱田邦夫 裁判官 横尾和子 裁判官 上田豊三 裁判官 滝井繁男)