判例
S29.01.20 大法廷・判決 昭和24(れ)1881 強盗、同予備、窃盗(第8巻1号41頁)
判示事項:
一 予備罪と中止未遂の関係。
二 第一審判決の不定期刑を第二審が定期刑にする場合と旧刑訴第四〇三条。
要旨:
一 予備罪には中止未遂の観念を容れる余地がない。
二 第一審が旧少年法八条に従い、懲役二年六月以上四年以下の不定期刑を言い渡した被告人が控訴の申立をした事件において、第二審がその判決時において既に成人となつていた被告人に対し、右不定期刑の中間位である三年三月より重い懲役四年の定期刑を言い渡したときは旧刑訴第四〇三条に違反する。註。田中、井上、谷村各裁判官は中間説に同調
主 文
原判決中被告人の関係部分を破棄する。
被告人を懲役三年に処する。
理 由
被告人の上告趣意第一点について。
原判決挙示の証拠によれば、被告人が強盗をしようとして原審相被告人等と共に原判決第四摘示の強盗予備の行為をした
事実は十分これを認めることができる。故に強盗の意思がなかつたとの主張は理由がなく、又予備罪には中止未遂の観念を
容れる余地のないものであるから、被告人の所為は中止未遂であるとの主張も亦採ることを得ない。
同第二点、第三点について。
所論は、原判決に法令の違反があることを主張するものではなく、寛大な判決を望むというに帰し、刑訴応急措置法一三条二項により上告適法の理由とならない。
弁護人日下謙吾の上告趣意第二点について。
被告人が幼児小児痲痺を患い手足が不自由であることは、原審公判調書でこれをうかがうことができる。しかし小児痲痺を患つたからといつて必ずしも常に心神耗弱の状態にあるということはできず、又本件記録を精査するも被告人が犯行当時心神耗弱の状態にあつたのではないかと疑わしめるような事跡はなく又被告人、弁護人から被告人は心神耗弱であると主張された事実も見当らない。かかる場合には必ず専門家をして被告人の精神状態を鑑定させなければならないというものではないから原審が鑑定を命じなかつたからといつて、所論のような違法はない。
同第一点について。
本件記録に徴すれば、被告人は第一審判決当時一八歳に満たない少年であつて、第一審裁判所において懲役二年六月以上四年以下に処する旨の判決言渡を受け、この判決に対し被告人から控訴の申立をしたところ、原審裁判所は検察官からの控訴がないに拘らず、既に少年でなくなつていた被告人に対し、懲役四年に処する旨の判決を言渡したものであること所論のとおりである。旧刑訴四〇三条によれば、被告人の控訴をした事件及び被告人のために控訴が為された事件については、原判決の刑より重い刑を言渡すことはできないのであるが、被告人から控訴の申立があつただけで検察官からの控訴申立のない本件について、第一審判決の言渡した不定期刑の中間位である三年三月より重い懲役四年に処する旨言渡した原判決は、第一審判決の刑より重い刑を言渡したものといわなければならない。(昭和二三年(れ)第一〇三一号同二五年三月一五日言渡大法廷判決参照)原判決は旧刑訴四〇三条に違反するもので論旨は理由があり原判決はこの点において破棄を免れない。
よつて、旧刑訴四四七条により原判決中被告人の関係部分を破棄し、同四四八条に則り更に判決をするのであるが、原審の確定した事実を法律に照らすと、原判決摘示の被告人の所為中、判示第四の点は刑法二三七条に、同第五の点は同法二三五条に、同第一〇の点は同法二三六条一項に各該当し、何れも共同正犯であるから同法六〇条を適用し、以上は、同法四五条前段の併合罪なので同法四七条本文、一〇条により、うち最も重い強盗罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役三年に処すべきものとする。
よつて主文のとおり判決する。
この判決は弁護人の上告趣意第一点に対する後記裁判官島保、同河村又介、同栗山茂、同斎藤悠輔、同藤田八郎の少数意見を除く他の裁判官の一致した意見である。
裁判官島保の意見は、旧刑訴四〇三条の関係において、不定期刑と定期刑との軽重を比較するに当つては、現に言渡された不定期刑の短期を標準とし、これと現に言渡された定期刑とを比較対照すべきであることは、前記引用の大法廷判決中、島裁判官の反対意見に記載したとおりであり、従つて、第一審判決の言渡した不定期刑の短期二年六月を超えて懲役四年の言渡をした原判決は旧刑訴四〇三条に違反し、本論旨は理由があるから原判決は破棄を免れないというのである。
裁判官河村又介の意見は、第一審判決当時少年であつたがため不定期刑の言渡を受けた被告人が控訴を申立て、その後、少年でなくなつた場合には第二審裁判所は、第一審判決の不定期刑の長期以下でその自ら妥当と信ずる刑を量定し、それが第一審判決の不定期刑の短期を超えたものであるならばそれを長期とし、第一審判決の不定期刑の短期を短期とする不定期刑を言渡すべきであることは、前期引用の大法廷判決中の長谷川裁判官、河村裁判官連名の反対意見に記載したとおりであり、従つて原判決が懲役四年の定期刑を言渡したのは被告人が第一審判決で与えられた不定期刑の短期二年六月を以つて刑期を満了するという可能性を奪つたもので、原判決はその限りにおいて、第一審の言渡した刑よりも重くなつているので、明らかに旧刑訴四〇三条に違反し、本論旨は理由があり原判決は破棄を免れないというのである。
裁判官栗山茂、同斎藤悠輔、同藤田八郎の反対意見(長期説)は、旧刑訴四〇三条の関係において、不定期刑と定期刑との軽重を比較するにあたつては、現に言渡された不定期刑の長期を標準とし、これを現に言渡された定期刑と比較対照すべきものであること、前記引用の大法廷判決中それぞれ栗山裁判官、斎藤裁判官(沢田裁判官と連名)、藤田裁判官の各補足意見(長期説)に記載したとおりであり、従つて、第一審判決の言渡した不定期刑の長期(四年)と同一の刑を言渡した原判決は旧刑訴四〇三条に違反する違法はなく、論旨は理由がないから、本件上告は棄却すべきものであるというのである。
なお裁判官長谷川太一郎及び同沢田竹治郎は合議に関与しない。
検察官 十蔵寺宗雄関与
昭和二九年一月二〇日
最高裁判所大法廷
裁判長裁判官 田 中 耕 太 郎
裁判官 霜 山 精 一
裁判官 井 上 登
裁判官 栗 山 茂
裁判官 真 野 毅
裁判官 小 谷 勝 重
裁判官 島 保
裁判官 斎 藤 悠 輔
裁判官 藤 田 八 郎
裁判官 河 村 又 介
裁判官 谷 村 唯 一 郎