判例

S35.04.26 第三小法廷・判決 昭和31(あ)3981 窃盗(第14巻6号748頁)

判示事項:

窃盗罪を構成する事例。

要旨:

譲渡担保にとつた貨物自動車の所有権が債権者に帰属したとしても、債務者側において引き続き占有保管している右自動車を無断で債権者が運び去る所為は、窃盗罪を構成する。

主    文

     本件上告を棄却する。
     当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
         

理    由

 弁護人向江璋悦、同安西義明の上告趣意第一点について。
 所論は事実誤認および単なる法令違反の主張にすぎず刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
 所論の点に関し原判決の認めた事実は要するに次のとおりである。すなわち、「被告人は判示A株式会社の前身であるB株式会社に対する被告人の判示貸金の譲渡担保として実質上同会社所有の本件貨物自動車一台の所有権を取得したが、本件自動車は引き続き同会社が使用していた。ところが、同会社は商号変更後、会社更生手続開始決定を受けた結果、判示管財人三名が選任され、右管財人三名は会社更正法五三条により同会社の事業経営、財産の管理、処分権を専有するに至つた。そして昭和二八年一二月二五日当時は右自動車は右管財人三名がA株式会社の所有物として同会社のC運転手にその運搬操縦を委託してこれを占有していたが、被告人は本件自働車を占有所持していなかつた。被告人は従前前示のように実質的には本件自動車の所有権を取得したといつても、右一二月二五日当時においては、本件自動車所有権の法律的帰属は前記被担保債権に対する右会社からの弁済の充当関係が不明確なため民事裁判によらなければこれを確定し難い状態であつたけれども、右一二月二五日当時、本件自動車の所有権が仮りに被告人にあつたとしても、右管財人三名は同会社のC運伝手に委託してこれを保管占有していたのである。しかるに、同日被告人はその運搬操縦者C運転手のいない隙に乗じほしいままに氏名不詳の徳島県人をして判示道路上にあつた本件自動車を運転させて被告人の判示倉庫まで運び去つたものである。」というのである。
 所論は、不法占有は窃盗から保護されるべき法益となりえないことを主張するが、当裁判所においては、すでに(1)「正当の権利を有しない者の所持であつても、その所持は所持として法律上の保護を受けるのであるから、盗賍物を所持する者に対し恐喝の手段を用いてその賍物を交付させた場合には恐喝罪となる。」との趣旨の判決(昭和二三年(れ)一二四一号、同二四年二月八日第二小法廷判決)、(2)「元軍用アルコールがかりにいわゆる隠匿物資であるため私人の所持を禁ぜられているものであるとしても、それがため詐欺罪の目的となりえないものではない。刑法における財物取財の規定は人の財物に対する事実上の所持を保護せんとするものであつて、これを所持する者が法律上正当にこれを所持する権限を有するかどうかを問わず、たとい刑法上その所持を禁ぜられている場合でも現実にこれを所持している事実がある以上、所持という事実上の状態それ自体か独立の法益とせられみだりに不正の手段によつてこれを侵すことを許さねとする趣旨である。」との旨の判決(昭和二三年九六七号、同二四年二月一五日第二小法廷判決)、(3)「他人に対し恐喝の手段を用いてその者が不法に所持する連合国占領軍物資を交付させたときは恐喝罪が成立する。」との趣旨の判決(昭和二四年(れ)二八九〇号、同二五年四月一一日第三小法廷判決)、また、(4)「法令上公傷年金の受給権を担保に供することが禁止されている結果国鉄公傷年金証書(これは刑法にいわゆる財物に該当する)を借受金の担保として差入れたことが無効であるとしても、これを受取つた者の右証書の事実上の所持そのものは保護されなければならないから、欺岡手段を用いて右証書を交付させた行為は刑法二四二条にいわゆる「他人ノ財物ト看做」された自己の財物を騙取した詐欺罪に該当する。」との趣旨の判決(昭和三一年(あ)四二八二号、同三四年八月二八日第二小法廷判決)があり、この判決により大正七年(れ)二二〇号、同年九月二五日大審院判決、
 (刑録二四輯一二一九頁)は変更されたものであること明らかであり、他人の事実上の支配内にある本件自動車を無断で運び去つた被告人の所為を窃盗罪に当るとした原判決の判断は相当である。
 同第二点について。
 所論は、本件自動車が他人の財物であることを被告人が知らなかつた事実は窃盗の犯意がなかつたことに外ならないのに原判決が犯意があつたと判示したのは刑法三八条三項の解釈を誤まり引用の判例に違反する、と主張する。けれども、原判決は、被告人は他人の事実上所持する自動車であることを知りながらその者の意思に反してこれを自己の所持支配内に入れる意思をもつて原判示の所為に及んだ事実を認めたのであつて、決して、論旨主張のような事実を認定したものでないこと判文上明らかであるから、所論は原判示に副わない主張であり、論旨引用の判例はいずれも事案を異にし本件に適切でない。論旨はすべて採用できない。
 同第三点は事実誤認および単なる法令違反の主張で刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
 弁護人小田良英の上告趣意第一点ないし第五点および被告本人の上告趣意はすべて刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
 弁護人向江璋悦、同安西義明の上告趣意補充書と題する書面は上告趣意書提出期間後二七日を経て提出された不適法のものであるから、これに対しては判断を加えない。記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。よつて同四〇八条、一八一条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
  昭和三五年四月二六日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    垂   水   克   己
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    高   橋       潔
            裁判官    石   坂   修   一