判例

S45.09.22 第三小法廷・判決 昭和43(オ)91 占有妨害排除家屋明渡等請求(第24巻10号1424頁)

判示事項:

不実の所有権移転登記が所有者の承認のもとに存続せしめられていたものとして民法九四条二項を類推適用すべきものとされた事例

要旨:

不動産の所有者甲が、その不知の間に甲から乙に対する不実の所有権移転登記の経由されたことを知りながら、経費の都合や、のちに乙と結婚して同居するようになつた関係から、抹消登記手続を四年余にわたつて見送り、その間に甲において他から金融を受けた際にもその債務を担保するため乙所有名義のまま右不動産に対する根抵当権設定登記が経由されたような事情がある場合には、民法九四条二項を類推適用し、甲は、不動産の所有権が乙に移転していないことをもつて、その後にこれを乙から買受けた善意の第三者丙に対抗することができないものと解すべきである。



主    文

     原判決中、第一目録記載(一)土地および第二目録記載(二)の建物に関する部分を破棄し、右部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
     原判決中、その余の部分に対する上告人の上告を棄却する。
     右部分に関する上告費用は上告人の負担とする。
         

理    由

 上告代理人宮下秀利、同生天目厳夫の上告理由について。
 およそ、不動産の所有者が、真実その所有権を移転する意思がないのに、他人と通謀してその者に対する虚構の所有権移転登記を経由したときは、右所有者は、民法九四条二項により、登記名義人に右不動産の所有権を移転していないことをもつて善意の第三者に対抗することをえないが、不実の所有権移転登記の経由が所有者の不知の間に他人の専断によつてされた場合でも、所有者が右不実の登記のされていることを知りながら、これを存続せしめることを明示または黙示に承認していたときは、右九四条二項を類推適用し、所有者は、前記の場合と同じく、その後当該不動産について法律上利害関係を有するに至つた善意の第三者に対して、登記名義人が所有権を取得していないことをもつて対抗することをえないものと解するのが相当である。けだし、不実の登記が真実の所有者の承認のもとに存続せしめられている以上、右承認が登記経由の事前に与えられたか事後に与えられたかによつて、登記による所有権帰属の外形に信頼した第三者の保護に差等を設けるべき理由はないからである(最高裁昭和四二年(オ)第一二〇九号同第一二一〇号、同四五年四月一六日第一小法廷判決、民集二四巻四号参照)。
 叙上の見地に立つて本件を見るに、原審の認定するところによれば、被上告人は、その所有する第一目録記載(一)の土地につき昭和二八年六月四日に訴外Aが被上告人の実印等を冒用して被上告人から同訴外人に対する不実の所有権移転登記を経由した事実をその直後に知りながら、経費の都合からその抹消登記手続を見送り、その後昭和二九年七月三〇日に右Aとの婚姻の届出をし、夫婦として同居するようになつた関係もあつて、右不実の登記を抹消することなく年月を経過し、昭和三一年一一月一二日に被上告人が株式会社新潟相互銀行との間で右土地を担保に供して貸付契約を締結した際も、Aの所有名義のままで同相互銀行に対する根抵当権設定登記を経由したというのであるから、被上告人からAに対する所有権移転登記は、実体関係に符合しない不実の登記であるとはいえ、所有者たる被上告人の承認のもとに存続せしめられていたものということができる。してみれば、昭和三二年九月に右土地を登記簿上の所有名義人たるAから買い受けたものと認められている上告人が、その買受けにあたり、右土地がAの所有に属しないことを知らなかつたとすれば、被上告人は、前叙のとおり、民法九四条二項の類推適用により、右土地の所有権がAに移転していないことをもつて上告人に対抗することをえず、上告人の所有権取得が認められなければならない筋合いとなる。
 しかるに、上告人が原審において右趣旨に解しうる主張をしていることは記録上明らかであるにもかかわらず、被上告人と、Aとの間における虚偽表示による売買の事実が認められないことを判示するにとどまり、上告人が右土地の買受けにあたり善意であつたか否かを認定判示することなく、たやすくその所有権取得の主張を排斥した原判決には、審理不尽、理由不備の違法があるものといわなければならない。論旨はこの限度において理由があり、原判決中、右土地につき、その所有権が被上告人にあることを前提として、所有権移転登記の抹消登記手続を求める被上告人の本訴請求を認容し、上告人の所有権確認および建物(第二目録記載(二)の建物のうち右地上にある部分)収去土地明渡を求める反訴請求を棄却すべきものとした部分は、破棄を免れない。
 つぎに、原審は、右第一目録記載(一)の土地上にあつた同目録記載(三)の建物についても、右土地と同じ内容の被上告人からAに対する不実の所有権移転登記があり、昭和三二年九月二七日に第二目録記載(一)けのように表示の変更登記がされていること、しかし、昭和二九年四月頃、右第一目録記載(三)の建物は、隣地(第一目録記載(二)の土地)上にあつた同(四)の建物とともに、所有者たる被上告人によつて取り毀されて滅失し、そのあとに、両地にまたがり、被上告人所有の二階建の建物が新築され、昭和三一年一〇月に二階部分が増築されて現在に至つているものであること、上告人は、現存する右建物の階下部分のうち第一目録記載(一)の土地上に存する部分が右第二目録記載(一)の建物として登記簿上表示されているものとして、これを右土地とともに前記Aから買い受けたが、二筆の土地にまたがつて現存する前記の建物は、区分所有権の対象となりうる独立した部分に区分することのできない一個の建物であること、を確定している。そうすると、上告人は、区分所有権の客体となりえない建物の一部を目的としてAとの間で売買契約を結んだものにほかならないから、右契約の効果として、その目的とした建物の一部についての所有権の取得を主張することはできず、上告人が前記登記簿上の記載を信頼して契約をしたものだとしても、それによつて右結論を左右しうる余地の存しないことは明らかであるといわなければならない。
 それゆえ、第一目録記載(三)の建物の滅失当時の所有者である被上告人からの、右建物の表示を変更した第二目録記載(一)の建物につきAから上告人に対してされた所有権移転登記の抹消登記手続を求める本訴請求を認容し、Aから買い受けた建物の一部が右第二目録記載(一)の建物にあたるとしてその所有権確認ならびに明渡を求める上告人の反訴請求を棄却すべきものとした原審の判断は正当であり、右部分に対する上告は理由がない。
 よつて、前記破棄部分についてはなお審理の必要があるので、右部分につき本件を原審に差し戻し、その余の部分に対する上告人の上告は棄却することとし、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条に則り、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    飯   村   義   美
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    松   本   正   雄
            裁判官    関   根   小   郷