判例

S59.02.17 第二小法廷・判決 昭和58(あ)257 外国人登録違法、有印私文書偽造、同行使(第38巻3号336頁)

判示事項:

被告人を指称するものとして相当広範囲に定着していた名称を用いて再入国許可申請書を作成行使した所為が私文書偽造同行使罪にあたるとされた事例

要旨:

本邦に密入国し外国人の新規登録申請をしていないにもかかわらず、甲名義で発行された外国人登録証明書を他から取得し、その名義で登録事項確認申請を繰り返すことにより、自らが外国人登録証明書の甲その人であるかのように装つて本邦に在留を続けていた被告人が、甲名義を用いて再入国許可申請書を作成、行使した所為は、被告人において甲という名称を永年自己の氏名として公然使用した結果、それが相当広範囲に被告人を指称するものとして定着していた場合であつても、私文書偽造、同行使罪にあたる。

主    文

     原判決を破棄する。
     本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         

理    由

 検察官の事件受理申立理由について
 一 原判決は、「被告人は、朝鮮人であるところ、他人であるA名義の再入国許可を取得して本邦外の地域である北朝鮮に向け出国しようと企て、昭和五三年三月二三日ころ、大阪市内において、行使の目的をもつて、ほしいままに法務大臣宛の再入国許可申請書用紙の氏名欄に「A」、生年月日欄に「一九二五・一一・二七」、申請人署名欄に「A」とそれぞれペンで記載し、同欄のA名下に「A印」と刻した丸印を押捺し、もつてA名義の再入国許可申請書一通を偽造したうえ、同日同市a区b町c丁目d番地所在の大阪入国管理事務所において、同事務所入国審査官Bに対し、右偽造にかかる再入国許可申請書をあたかも真正に成立したもののように装つて提出行使したものである。」との本件公訴事実第三について、被告人が右公訴事実のとおり、A名を用いて再入国許可申請書を作成、行使した事実は証拠上明白であるが、その行為は私文書偽造、同行使罪にあたらないと判断した。原判決が、その判断にあたり認定した事実関係の要旨は、次のとおりである。1 被告人は、日本統治下の朝鮮済州島朝天面朝天里において、父C、母Dの間の五男として出生した外国人であるが、昭和二四年一〇月ころ、本邦に密入国し、その後昭和二五年一月ころ、実兄Eに自己の写真を手交したところ、同年五月ころ同人から、同人に手交した前記被告人の写真が貼付されたA名義の外国人登録証明書一通を受け取つた。2 右登録証明書が発行された経緯をみると、Fという実在の人物(同人は、一九一九年一一月二七日朝鮮済州島朝天面朝天里で出生し、本邦に昭和一五年三月一三日入国し、昭和三五年七月一日に出国した者であるが、昭和二四年ころは、岩手県盛岡市に居住し、同年五月六日同市長に対し、右真実の氏名、生年月日等に基づいて新規外国人登録をすませているものである。)が、昭和二三年六月一六日大阪市生野区長に対し、Aという仮名を用い、自己の写真を提出し、居住地変更登録申請をしたことによりA名義の外国人登録証明書が発行されたところ、昭和二四年政令第三八一号(昭和二五年一月一六日施行)附則二項によつて、本邦に在留する外国人に対し、右施行の日から昭和二五年一月三一日までに行うよう義務づけられた旧登録証明書の返還と新登録証明書の交付申請(いわゆる一斉切替)の機会に、右A名義の登録に関し、何者かによつて、右期間内の昭和二五年一月三〇日大阪市生野区長に対し、Fの写真に代えて被告人の前記写真をAの近影であるとして提出して新登録証明書の交付申請がなされ、その際併せて生年及び世帯主が変更された結果、前記区長から前記1に認定した外国人登録証明書が発行され、右登録証明書が被告人の実兄の手を経て被告人に渡された。3 被告人は、、その後、昭和四九年一〇月一六日に至るまで合計九回にわたる外国人登録法所定の登録事項確認申請手続に際しては、それぞれ被告人自身の写真を提出し、昭和三〇年以降は指紋も押捺して申請手続を了し、その都度、A名義で被告人の写真の貼付された新外国人登録証明書を入手し、また住所、職業、世帯主等については、できる限り被告人自身の真実のそれに一致するよう適宜、正規の登録事項変更手続をとつてきた。4 被告人は、前記外国人登録証明書をはじめて入手した昭和二五年五月以降、二五年以上の長期間にわたり、公私の広範囲の生活場面においてAの氏名を一貫して自己の氏名として用い続けた。すなわち、被告人は、妻子に対しても本名はAであるといい、表札も同名で掲げ、同名義の名刺をも作成し、米穀通帳や医師の診察券等もA名で受領し、友人や近隣の人々にもAと名乗り、G連役員としての行動、記者としての取材活動、日本の報道機関関係者との接触、公的、私的の文通及び日本語雑誌への投稿等の広範囲の社会生活においてもAの氏名を用いてきたため、本邦内においてAという氏名が被告人を指称するものであることは、外国人登録証明書の呈示を要するような公的生活ないしは行政機関に接触するような場面ではもちろん、一般社会生活においても定着した。もつとも、被告人は、本邦に在留する親族や同郷の者らが少数ではあるが、被告人の戸籍上の氏名がHであることを知つていたため、それらの者に対しては依然として本名で交際し、またG連及びI社の内部関係で自己を表示する場合や朝鮮語で論文等を発表する場合などには、AのほかHの氏名を用いることもあつた。
 二 一に記載した事実関係のもとにおいて、原判決は、まず、「私文書偽造とは、その作成名義を偽ること、すなわち私文書の名義人でない者が権限がないのに、名義人の氏名を冒用して文書を作成することをいうのであつて、その本質は、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る点にあるということができる。したがつて、公認の身分関係登録簿に登録された法律上の氏名である本名以外の名称を用いて私文書を作成することにより、名義人と作成者の不一致をきたした場合は、不真正文書となり、その作成行為は偽造となることはいうまでもない。しかしながら、本名以外の名称を用いて私文書を作成した場合であつても、その名称が特定識別機能を有する通名などであれば、当該私文書の作成目的、用途及び流通する範囲、通名などの名称の有する特定識別機能の程度等を総合的に検討し、当該私文書の名義人と作成者との間に人格の同一性が認められる限り、その文書は不真正の文書とはいえず、これを作成しても、私文書偽造罪は成立することはなく、この理は、当該私文書が公の手続内において用いられるものであつても変わることはないと解される。」としたうえで、本件について、「Aという名称は、被告人が永年これを自己の氏名として公然使用した結果、限られた本邦在留の親族及び同郷者らとの関係を除くその余の一般社会生活関係、すなわち家族、隣人、日本人及び同朋の友人及び知人、職場及び所属団体関係者並びに行政機関関係者らの間では被告人を指称する名称として定着し、他人との混同を生ずるおそれのない高度の特定識別機能を十分に果たすに至つていることが明らかであり、そうだとすれば、被告人が右通名を使用して作成した本件再入国許可申請書は、それが、出入国の公正な管理を目的とする出入国管理法令の下で、在留外国人の出国に際しての再入国許可の審査手続に関し、法務大臣に提出されるものであるなど、その作成目的、用途及び使用される範囲等の諸事情を考慮しても、その名義人と作成者である被告人との間に客観的に人格の同一性が認められ、不真正文書でないことが明白であり、被告人の前記行為は私文書偽造、同行使罪にあたらないといわなければならない。」と判示して、これと同旨の理由により公訴事実第三につき私文書偽造、同行使罪が成立しないと判断した第一審判決の法令解釈は正当であるとした。
 三 おもうに、原判決が、私文書偽造とは、その作成名義を偽ること、すなわち私文書の名義人でない者が権限がないのに、名義人の氏名を冒用して文書を作成することをいうのであつて、その本質は、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る点にあるとした点は正当であるが、さらに進んで本件再入国許可申請書は、その名義人と作成者である被告人との間に客観的に人格の同一性が認められ、不真正文書でないことが明白であり、被告人の本件所為は私文書偽造、同行使罪にあたらないとした判断は、刑法一五九条一項、一六一条一項の解釈適用を誤つたものというべきである。
 四 その理由は、次のとおりである。
 再入国許可申請書の性質について考えるのに、出入国管理令(昭和五六年法律第八五号、第八六号による改正前のもの)二六条が定める再入国の許可とは、適法に本邦に在留する外国人がその在留期間内に再入国する意図をもつて出国しようとするときに、その者の申請に基づき法務大臣が与えるものであるが、右許可を申請しようとする者は、所定の様式による再入国許可申請書を法務省又は入国管理事務所に出頭して、法務大臣に提出しなければならず、その申請書には申請人が署名すべきものとされ、さらに、その申請書の提出にあたつては、旅券、外国人登録証明書などの書類を呈示しなければならないとされている(昭和五六年法務省令第一七号による改正前の出入国管理令施行規則二四条一項、二項、一八条二項、別記第二五号様式)。つまり、再入国許可申請書は、右のような再入国の許可という公の手続内において用いられる文書であり、また、再入国の許可は、申請人が適法に本邦に在留することを前提としているため、その審査にあたつては、申請人の地位、資格を確認することが必要、不可欠のこととされているのである。したがつて、再入国の許可を申請するにあたつては、ことがらの性質上、当然に、本名を用いて申請書を作成することが要求されているといわなければならない。
 ところで、原判決が認定した前掲事実によれば、被告人は、密入国者であつて外国人の新規登録申請をしていないのにかかわらず、A名義で発行された外国人登録証明書を取得し、その名義で登録事項確認申請を繰り返すことにより、自らが右登録証明書のAその人であるかのように装つて本邦に在留を続けていたというべきであり、したがつて、被告人がAという名称を永年自己の氏名として公然使用した結果、それが相当広範囲に被告人を指称する名称として定着し、原判決のいう他人との混同を生ずるおそれのない高度の特定識別機能を有するに至つたとしても、右のように被告人が外国人登録の関係ではAになりすましていた事実を否定することはできない。以上の事実関係を背景に、被告人は、原認定のとおり、再入国の許可を取得しようとして、本件再入国許可申請書をA名義で作成、行使したというのであるが、前述した再入国許可申請書の性質にも照らすと、本件文書に表示されたAの氏名から認識される人格は、適法に本邦に在留することを許されているAであつて、密入国をし、なんらの在留資格をも有しない被告人とは別の人格であることが明らかであるから、そこに本件文書の名義人と作成者との人格の同一性に齟齬を生じているというべきである。したがつて、被告人は、本件再入国許可申請書の作成名義を偽り、他人の名義でこれを作成、行使したものでありその所為は私文書偽造、同行使罪にあたると解するのが相当である。
 五 しかるに、原判決は、これと異なる見解に立つて、公訴事実第三の被告人の所為は、私文書偽造、同行使罪にあたらないとしたものであるから、刑法一五九条一項、一六一条一項の解釈適用を誤つた違法があり、論旨は理由がある。そして、公訴事実第三は、原判決が有罪とした公訴事実第一及び第二と併合罪の関係があるとして起訴されたものであるから、右の違法は、原判決の全部に影響を及ぼすものであり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
 よつて、刑訴法四一一条一号、四一三条本文により原判決を破棄し、本件を原裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。
 検察官村上尚文 公判出席
  昭和五九年二月一七日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    宮   ア   梧   一
            裁判官    木   下   忠   良
            裁判官    鹽   野   宜   慶
            裁判官    大   橋       進
            裁判官    牧       圭   次